石の2 かわいそうな赤坂迎賓館

迎賓館1 東京で四谷の土手を歩いていた時に、向こうに初めて見たのが、
赤坂の迎賓館である。なんじゃこれはと思った。まるで、ベルサイユ
宮殿やバッキンガム宮殿のコピーである。ハウステンボスみたいな
テーマパークかと思いきや、これが外国からの賓客をもてなすため
の国の施設だと聞いて、正気なのかと疑った。

しかし、よくよく聞くと、建設されたのは明治時代末期だという。
つまり、日本が西欧列強に対して、追い付こうとしていた時代である。
大正天皇の御殿として造営された。ところが、当の大正天皇がその
豪華さを見て「贅沢すぎる」と気に入らず、住むのを拒否したという。
日本人としては、すごく真っ当な感覚である。
そのために、その後ずっと、図書館に使われたり、東京オリンピックの
頃は、その映画を作る市川崑監督のスタッフの宿舎に使われたりして、
当時は、シャンデリアの間で、映画スタッフが煙草をくゆらせながら、
麻雀をしていたこともあったという。しかし、それではあまりにも、もった
いないというので、迎賓館に使おうということになり整備され、アメリカ
のフォード大統領が来日した時には、実際の宿舎として使われたという。
しかし、いまさら外国の賓客がベルサイユ宮殿のテーマパークごとき
宿舎に案内されて喜ぶだろうか?むしろ、普通の高級ホテルの方が
落ち着くはずである。

さらに天皇が各国の賓客を迎えて会見をする場所は常に皇居であり、
こちらの建物の方が、ずっと日本的である。何が日本的かというと、
和風というのではなく、簡素なのである。廊下にも会見室にも、過剰な
装飾はなく、家具もなく、椅子とテーブルと、花瓶と花だけである。
ここに一枚の写真があるが、ぼくはこれを見るだけで、いつも清々しい
思いになる。簡素で清らかというのが、日本の美しさなのだ。この写真を
見て、対談した相手国の中東のメディアは、このシンプルさに驚き、称賛
したという。

赤坂迎賓館2

それを考えると、2016年のG7で各国首脳を迎えた時に、安倍首相が
会議場を伊勢志摩に設け、その後に伊勢神宮に案内して記念写真を
撮ったのはとても良い判断だったと思う。これがもし、日光東照宮だった
としたら、各国首脳が日本について、違った印象を持ったかもしれない。
日光東照宮ももちろん、世界遺産になるほどであり外国人もビューティフル
とは思うのだろうが、あれは天皇とは違う権力者が、その権威を誇示
するために築いた豪華さである。そういうものは世界にいくらでもある。
しかし、それは日本らしさではない。

戦前の日本に、ドイツの有名な建築家ブルーノ・タウトゥが来て、
京都の桂離宮を、日本的な最高の美と称賛し、比べて日光東照宮を
派手なだけのけばけばしいインチキとこき下ろしたのは有名であり、
ぼくは彼の批評に対して全く同感である。さらに、外国の多くの建築家
は京都の金閣寺よりも、ずっと地味な鹿苑寺・銀閣の方を称賛すると
いうことも知ってもらいたい。さらに、京都の平安時代の神社の多くは
赤をよく使っているが、あれはあくまで中国の影響であって、日本的な
神社は木材の色だけを基調としたスッキリした色合いである。特にぼく
が、これはきれいだと思うのは明治神宮である。これは、昭和時代に
作られた、明治天皇を祀った神社である。

ただ、赤坂迎賓館に関しては、ひとつだけ褒める要素がある。それは、
西洋のパクリ建築であるにしろ、国から雇われた当時の職人が実に
真面目に取り組んでいることである。つまり、細部々々の仕事が丁寧
赤坂迎賓館3 であり、その意味では本物なのである。そこがまた惜しいのだ。しかも
西洋的に見せながら、細部には日本的な要素をたくさん取り込んでいる
というのもニクい。だから、現在、赤坂迎賓館の内部を巡るツアーを
国が開放しているというのはなかなかおもしろいと思う。

最後にひとつだけ、これはおかしいぞと思っていることを言っておきたい。
外国人向けのガイドブックの表紙として最近、富士山をバックにして
五重塔が写った写真が有名になっているが、あの建築のセンスがあまり
に下品過ぎるのである。富士吉田市の新倉山浅間神社の一部にある
ものらしいが、あれは仏塔ではなくて、戦没者慰霊塔なのであり、ゆえに
適当に作ってしまったらしいが、あまりに酷すぎる。ところが、現在そこが
富士山と桜と五重塔が一望に撮影できる場所として、外国人が押しかけ
ているというのだ。あれだけはなんとかして欲しい。本物の、仏教寺院の
五重塔というのは、もっと荘厳で美しいのだと教えてあげたい。
(2018年9月)

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