石の2 安寿と厨子王は福島で生まれた


安寿1 福島県の歴史名所を検索していたら、安寿と厨子王と
その両親が住んでいた館跡というのが出てきた。
何!あれは実話なの?と調べてみたら、
古くから伝承されてきた有名な話であるという。それを、森鴎外が
「山椒大夫」という小説にしたのだそうだ。
それが映画やアニメなどにもなり、ぼくらの世代なら誰もが知っている
物語となったのである。

安寿と厨子王の父というのは、元々、偉い平安貴族であり、
地方長官として、現在の福島に赴任してきていた。
その館が今の福島市の県庁に近い小高い山である弁天山と、
その続きの椿山にあり、椿館(つばきやかた)と呼ばれていた。
ところが、その父が、京都での権力闘争に巻き込まれ、
九州の大宰府に左遷されてしまい、それっきり音信が絶えた。
平安時代後期の頃である。

父の身を案じた母子は、父に会いに行こうと決意し、
乳母と4人で椿館を旅立った。物語はそこから始まる。
しかし、当時の旅というのは、今と違って、かなりハードである。
福島から山を越え、まず、日本海側の越後へ出る。
なぜ越後へ?と思うだろうが、平安時代、江戸はまだ僻地であり、
何の道も整っていない。
北関東から京都へ行くには、越後から船で若狭の丹後へ渡り、
そこから京都へ出るのが普通だった。九州へ行くには、
京都から山陽道か瀬戸内海で行くのである。

ところが一行は、越後で「人買い」に騙されて、母と乳母は佐渡へ、
安寿2 安寿と厨子王は、京都は丹後の山椒大夫の元へと売られてしまう。
二艘の小舟が引き裂かれる中、母は「あんじゅうう~、ずしおおお~」
と叫ぶのだが、その悲痛な呼び声も波の彼方に消された。

山椒大夫というのは、京都は丹後の大地主で、人買いから買った
人間を奴隷のように働かせていた。奴隷になった姉弟は、毎日を
労働の中で暮らすのだが、安寿は父からもらった小さな仏像だけは、
身から離さなかった。
そして毎日、京の都への逃げ道を探っていた安寿がある日、
厨子王を誘って芝刈りの仕事の振りをして山へと同行し、
山頂に立つと、五重の塔が見える方向を指して、
「ここを真っ直ぐ駆け下りて、あそこへ行きなさい」と言うのである。
戸惑う厨子王に、安寿は仏像を渡して、
「あなたが母と私を救いに来るのです」ときっぱりと言う。
厨子王はうなづいて、坂を勢いよく駆け下りる。
しかし、安寿はそのすぐ後、池に入水自殺するのだった。

名匠・溝口健二監督による「山椒大夫」は大映で1954年に作られ、
ベネツィア国際映画祭で、銀獅子賞を受けた。
安寿役の香川京子が入水するシーンは、今でも忘れられない。
さらに、東映ではこの物語を「安寿と厨子王」というアニメ作品として
製作、これも日本中の子供が観たというヒット作品になった。
溝口作品の方で、厨子王の子役を演じていたのが、津川雅彦、
母役が田中絹代である。

丹後の国分寺にかくまわれて山椒大夫一行の追尾を逃れた厨子王は、
そこの僧侶の計らいで、京の清水寺に行き、そこで暮らすうちに、
たまたまやってきた関白と、持っていた仏像が縁になり、知己を得る。
不当に左遷された父は既に亡くなったと知らされるが、名誉を回復され、
やがて厨子王は、丹後の国の国主に任命される。
丹後に赴いた彼はただちに、山椒大夫らのところにいた奴隷を解放し、
姉の死をも知るのだが、きつい咎めはせずに、佐渡に流されたという
母の探索を始める。

しかし、母の行方は知れず、佐渡の野道をトボトボ歩いていると、
農家の庭先で、干し籾から雀を箒で追っている老婆の歌声が
聞こえてきた。切ない歌声だ。
「安寿恋しや、ほうやれほ、厨子王恋しや、ほうやれほ」
厨子王は籾殻を蹴散らして駆け寄る。「お母様!」
最初は何が何かわからなかった母だが、その声が厨子王だとわかると、
涙があふれ出した。森鴎外の小説では、その途端に、盲目になっていた
母の目が開いたということになっている。感動の名場面である。

この物語がどの程度、事実なのかはわからないが、京都の丹後には、
山椒大夫の屋敷跡の碑がある。
少なくとも原本の話や伝説では、二人の姿はもっとリアルである。

安寿は厨子王を逃がしたことによって、拷問されたあげく殺されている。
丹後の国主として戻ってきた厨子王は、
その事を知ると、怒り立ち、ただちに山椒大夫の領地を没収し、
彼を鋸(のこぎり)引きの処刑にしている。つまり、しっかりと復讐は
しているのである。母は盲目のごぜになっていたらしいが、
青年貴族になっていた厨子王は、実際に捜し出したらしい。
出会えた時の嬉しさはいかばかりかと思うとウルルンとなる。

安寿と厨子王の父は、京都から来た平正氏という貴族だが、
母は福島の人であり、後に平政隆と名乗った厨子王は、
隠居後はまた福島に帰ってきて思い出の地に住んだという。
(2008年)

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