石の2 熱海に行く

atami1 名古屋に2泊した後、次の宿泊地は伊豆半島のふもとの熱海に
決めた。早く行くには東名高速なのだろうが、景色を眺めるため
には、なるべく一般道を走りたい。だから国道1号線を走る。
浜名湖付近などはとても美しい景観である。

国道1号線は浜松から静岡市内を走り、やがて東海道中で有名な
薩?峠(さったとうげ)の下の海岸線を走る。ここは昔、断崖絶壁だ
ったので、江戸時代はその上の急峻な峠を歩くしかなかった。
それが広重の浮世絵にも描かれている。しかし、江戸時代後期の
地震により海岸線が隆起したために、昭和以後には大工事の末に、
国鉄・東海道線、国道1号、東名高速が束のようになって海沿いを
走り、富士山を望む名場面のようになっている。ここを車で走る時は
それをぜひ意識してもらいたいものである。

熱海には一度は来てみたかった。
なにしろ、ぼくが子供の頃の昭和の高度成長期には、おそらく
日本で一番賑わった温泉観光地である。そして当時は会社
atami2 での社員旅行を始めとして、団体旅行が全盛の時代である。
ばかりだった。夕食には数十人の大宴会を行う大広間があるの
が必須であり、平社員はビール瓶を抱えて、上司や取締役に
お酌して回るのが宴会の光景だった。ぼくはそれがイヤでやら
なかったので、直属の上司からいつも叱られたものである。

しかし、1990年代になって国鉄による「ディスカバージャパン」
のキャンペーンが始まると、気の合う仲間だけでの少人数での
旅行の人気が高まり、若い新人類は次第に社内旅行を嫌がり、
そのせいで団体旅行そのものが次第に減っていったのである。
それと共に、熱海は色彩を失っていった。廃業する旅館が増え、
一時はもう、熱海はダメだとまで言われていた。

ところがまた最近、熱海が若者に人気があるという。テレビでも
度々取り上げられるようになった。その理由は、東京から近いし
昔から有名な温泉地であるため、昭和のレトロな雰囲気が残って
いるというのが人気なのだという。もちろん新しいホテルは全て
少数グループやカップル向けの仕様になっていて、それで人気を
取り戻しつつあるという。それで興味があった。

熱海といえば、なんといっても、貫一とお宮の物語の舞台である。
明治時代の小説「金色夜叉」の中で、熱海の海岸を歩きながら、
金持ちの男によろめいてしまった恋人のお宮を、大学生の貫一が
atami3 嘆いて悲しくて、彼女を足で蹴飛ばすのである。これが演劇になり
大ヒットして、このシーンが有名になり、これにより熱海が一躍
有名になり、今ではその銅像が建てられているくらいだ。しかし、
現在の基準から考えれば、恋人からのDVということになり、
場合によっては犯罪である。それを銅像にしているのに文句が
出て来ないのは幸いである。

そして、熱海にはもうひとつ、歴史とつながる話がある。
鎌倉幕府を起こした源頼朝が青年になるまで住んだのは、
伊豆の山中なのは有名だが、それがこの近くなのである。
彼の父は源氏の棟梁だったが、平氏の棟梁・平清盛と戦って負けて
殺され、長男の彼も殺されるはずだったが、清盛の妻である静御前
の口添えにより、伊豆半島の山中に流されるだけで済んだのである。
頼朝は、そこで青年にまで成長し、そこの土地の有力者である北条家
の娘・政子と恋をして結婚し、後に北条家一族の後ろ盾を得て、
源氏再興のために立ち上がり、平家を滅ぼして、初めての武家政権で
ある鎌倉幕府を立ち上げたのである。その若き頼朝と恋人の政子が
情熱的な逢引きを繰り返していたのが、熱海駅からバスで10分
の高台にある伊豆山神社だったのだ。

この熱海には古くから鉄道が通り、今では新幹線や「踊り子号」と
いうリゾート列車も止まるのでJRで来る場合には便利なのだが、
車で来る場合は、やたら坂道が多く、曲がりくねっていて閉口する。
(2020年10月)

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