石の2 ノーベル文学賞にボブ・ディラン?


ボブ1 今年のノーベル文学賞はやっと村上春樹か?と日本では期待
されていたが、発表されてみると、なんとボブ・ディランだという。
その予想外の結果に、世界中でも相当の驚きが広がったようだ。
なにしろ彼は吟遊詩人との形容詞はあるものの、シンガーソング
ライター、つまり歌手である。ずいぶん枠を広げたものだ。それ
ならば次は、ビートルズが受賞してもいいのではないか?とすら
思ってしまうのは、ぼくだけではないだろう。

しかし、もちろん、ボブ・ディラン自体は、ぼくも大好きである。
団塊の世代にとっては、フォークソングの神様である。ぼくらの
世代がフォークギターを初めて手にした時、最初に覚えたのは
たいていが、彼の代表曲「風に吹かれて」なのである。コード進行
が単純だし、覚えやすいメロディーの、素朴な反戦歌である。
当時の若者の誰もが歌っていたと言ってもいいくらいの曲だ。
その歌詞は、大雑把にいえば、戦争がなくなるのはいつだろうか?
その答えは風に吹かれている、という哲学的なものだった。この
フレーズは日本では一種の流行になり、人気作家の五木寛之
はエッセイ集の題名を「風に吹かれて」としたし、当時のフォーク
シンガーがその歌詞の中に、やたらと風に吹かれると使っていた。
風に吹かれれば何でも、恰好がつくのである。

この曲と、「時代は変わる」「ミスター・タンブリンマン」までは、まだ
いかにも素朴なフォークソングだったが、次の大ヒット曲である
「ライク・ア・ローリングストーン」では、いきなりエレキギターを使い、
ロック調になって人々を驚かせた。堕落したという人も多く、波紋を
呼んだものだが、支持する人も多く、それまでロック調のポピュラー
ミュージックというと、甘いラブソングばかりだったのが、この曲以来、
ロック音楽が歌詞においても、メッセージ性を持つようになったりして、
ロック音楽そのものが、普遍的になるきっかけになったのだ。

「風に吹かれて」は1962年であり、「ライク・ア・ローリングストーン」
は1965年であり、そのメッセージ性の強い歌詞は、当時の多くの
ミュージシャンに大きな影響を与えたことは明らかであり、1970年代
には、もう既に大御所になっていた。ぼくが彼のシングルレコードを
買ったのは、1975年の「コーヒーもう一杯」という曲が唯一だが、
ボブ2 この時には、歌詞もすっかりのんびりしていて、当時の恋人であった
ジョーン・バエズ(「ドナ・ドナ」という曲で有名)と楽しそうにデュエット
していた。しかし、その後の動静はほとんど聞かなかったので、
すっかり引退したものかと思っていた。

ところが2016年に、仙台で彼がコンサートをやるという、テレビでの
簡単な告知があり、ぼくはぶったまげてしまった。なぬ!ボブ・ディラン
が仙台でコンサート!ぼくが咄嗟に思ったのは「フォークの神様のボブ・
ディランがそこまで落ちぶれてしまったのか?」ということだ。仙台も
いっぱしの都会ではあるけれど、ぼくの感覚では、彼は神様である。
ビートルズが日本に来た時には全国的な大ニュースになったが、
2016年にボブ・ディランが日本公演をして、しかも仙台にまで来ると
いうのに、何のニュースにもなっていないのである。それに驚いた。
ところが、よく調べてみると、彼は表舞台では目立たなくなってからも、
けっこう気軽に、世界中でコンサートをやりまくっていたのである。

ノーベル文学賞が決まった時も、ロサンゼルスで普通に公演をやって
いたが、観客によると、一切その話題には触れなかったそうである。
もう今は、俗を脱した洒脱な境地にいるのではなかろうか。
ちなみに、彼は1941年生まれの、75歳である。
(2016年10月)


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