石の2 ブナ林の美しさ…月山


ブナ1 「ブナの木っていいわよねえ」、「ブナ林ってきれいよねえ」
というのは、福岡時代、夫婦で山歩きをしていた頃、妻から
さんざん聞かされたセリフである。
ブナ林は九州にも、場所によってはあるのだが、
どうも、東北の規模の方がずっと大きいらしい。
それがこちらにきて、なるほどとわかった。
白神山地、栗駒山など、あちこちに見事なブナ林がある。

ブナというのは、木材としては、加工しづらいので、
一時期は伐採され放題だったが、今ではエコロジカル
な観点から、たいへん見直されている。
つまり、根を広く張って、土を抱え込むので、
たとえ大雨でも、杉林のように土砂崩れを起さないし、
大量の落葉に水分を蓄えては、少しずつ吐き出すので、
山の清流を作り出す、緑のダムであり、
自然林の王者なのである。
背の高い大木になるし、その銀色の斑紋も美しい。
まことに妻が抱きつきたくなるような木であり、
その森は、実に美しい幻想的な森である。

広大なブナ林をドライブするには、宮城県の花山村から
山形、秋田にまたがる栗駒山に登るルートが素晴らしいが、
遊歩道としては、宮城県の舟形山の「升沢遊歩道」、
そして、山形県の月山の麓にある「月山自然植物園」
というのが、見事である。

特に、月山自然植物園というのは、名前は植物園だが、
人工の園ではなく、自然のままの山道である。
ブナ2 初夏に行くと、林の中にまだ雪渓が残っているので驚く。
なにしろ、月山自体が、夏スキーで有名な山であり、
夏になる頃、やっと山頂のスキー場まで、道が通じるのだ。
だから、山道から眺めると、リフトが動いているのが見える。

山道の最初は雑木林だが、やがて池が現れ、その周辺が
うっそうとした大木のブナ林になる。道の所々に、
溶け残った雪が固くなっていて、その白い表面には、
たくさんの茶色の粒々が、散らばっているのが見える。
それが、ブナの芽鱗(がりん)である。

ブナは落葉した後、冬にはもう、春の芽を準備するのだが、
寒い間は、その芽を、芽鱗が茶色い殻で守っている。
それが、春になると一斉に、芽鱗がはじけて雪面に落ちて、
枝先の芽が現れ、森がライトグリーンの世界に変わるのだ。
ブナの森に詳しい人によると、
その芽鱗は、ある日ある時刻を選んで、連なった山々で
一斉に弾けるという。山の上から見ていると、
それが、尾根から尾根に、まるで山肌を刷毛で塗るように、
サアーッと、褐色から黄緑に色が変わる。
よほど幸運な人しか、それは見れないという。

ブナ3 遊歩道をぐるっと旋回して下ってゆくと、雪も消えるが、
今度は黒い土の表面に、無数の緑の粒が見える。
それは、ブナの子供の双葉である。
星のように散らばっていて、しゃがんで眺めると、実にかわいい。
その年は、多分、ブナの実が豊作だったのだろう。
同じドングリでも、コナラやトチの実には、毒成分があるが、
ブナの実には毒成分がないので、森の動物にとっては、
素晴らしい食べ物なのである。ネズミが大繁殖するし、
ブナ4 熊も大喜びで食べまくる。
ただし、その豊作は5~7年に一回にしかやって来ない。
ブナの実の凶作の年には、熊が里の畑に出没して騒ぎを起す。

とにかく栄養豊富で毒もないので、昆虫にもかじられ、
ドングリから、双葉が出るまでが大変なのだが、
その年の山道には、星のように緑の双葉が出ていたので、
よほど豊作だったのだろう。
道を歩くには、その双葉の上を靴で踏むしかなく、
申し訳なかったが、仕方がない。
でも、それでも構わないくらいに、多くの双葉が生えていた。
そのうちの幾つかが生き残って、次の世代の
若いブナの森に育ってゆく。

ブナ林をさらに下ると、次第にシダ類が多くなり、
その下に、湧水池があちこちに現れる。きれいな水だ。
飲むためのヒシャクも置いてある。
こんな素敵な遊歩道はめったにないと感動する。
遊歩道の入り口には、ビジターセンターがあり、
いろんな樹木が、緑が沸き立つように濃く、
初夏の空の下、じっと立っていると、
ブナ5 生きているのがうれしくなる。

近くの車道に軽自動車を連ねて、地元のおばさん、おじさんが
大勢で、カゴを背負って、何やらを収穫しているので、
「何を採っているんですか?」とたずねると、
うるさそうに「☆×○◇■△…」と、早口の東北弁で言われた。
要するに、「根曲がり竹」に決まってるだろうが、
ということだったらしい。細いタケノコの種類で、こちらでは、
普通のタケノコよりずっとおいしい種類である。
他人よりも早く良い場所に行くのに必死で、
標準語で質問する人間などにかまってられないのだ。
すんません。ビジターセンターの近くの側溝には、
清水の流れに、ヤマメが群れていた。



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