石の2 西のブリ、東のサケ


ブリ1 先日のニュースで、北海道での鮭漁の網に、ブリが混じってくる異変が
起きているという話をやっていた。温暖化のせいかもしれないという。
ぼくはそれを聞いて単純に、おお!ブリならば喜ぶであろうと思った。
ところが、漁師によると「迷惑な話だ。あんなもんは捨てる」と言う。
「なぬ?このバチ当たりめが!」とぼくは椅子から立ち上がってしまった。
しかし、ニュースの説明を聞くと、ブリは網の中でやたらと動きまくるので、
サケが近寄らなくなるし、ブリが獲れても、北海道にはブリを食べる食文化
がないので、ほとんど売れないのだという。また、冷凍にして西日本に
送っても、西日本ではブリのおいしい鮮魚が豊富なので、やはり売れない。
だから困るらしいのである。そうか、北海道人はブリを食べないのかと、
ぼくは、改めて驚いてしまった。

ぼくは長崎人だが、魚の刺身がずっと嫌いで、大人になるまで寿司も
食べられなかった。しかし東京で社会人になると、酒の付き合いもあり、
寿司を食べられるようになり、東京ではマグロが主役なので、中トロが
うまいと言われれば、なるほどと思うようになっていった。
ところが、また福岡に住むようになって、ある転機があった。ある日、
回転寿司に入ると、白身っぽいネタがたくさん流れている。なんだろうと
取って食べてみると、「ん!なんだこの甘さ、うまさは」と驚いた。それが、
ハマチであり、ブリだった。中トロなみに脂が乗っているのに、はるかに安い。
ブリ2 それをきっかけに、ぼくは、しめ鯖やアジや甘鯛など、西日本のあらゆる
魚の味に目覚めたのである。その後、西日本と東日本では、魚に関して
あきらかな嗜好の差があることがわかった。

長崎の母は、東京に行って初めてマグロを食べた感想として、
「あんなにネチョネチョしたの、ちっともおいしくない」と言う。
九州ではどちらかといえば、ヒラメやヒラマサのようなコリコリした食感を
好むのである。アジのタタキも長崎名物である。仙台のスーパーでも
アジのタタキといえば、たいてい長崎産が売られている。そして、
正月料理でも、東日本ではサケであるが、西日本ではブリである。
ぼくも今では、回転寿司に行くと食べるのは、もっぱらハマチ、ブリ、
カンパチばかり食べている。あとは、コハダ、アジ、サバだ。マグロはほとんど
食べない。そして冬になると、フグである。ところが、仙台人はフグには縁が
ないらしい。仙台のローカルワイドショーを観ていて驚いたのだが、
司会の男性を始めとして、その場にいた女性陣もみんな、フグを食べた
ことがないと言っていた。これも地方色である。

ブリ3 そして見事なのは、仙台の義母であるが、家族でどんな店に料理を
食べに行っても、最後には必ず「私は白米に、塩引きが一番好き」と
のたまうのである。塩引きとは、塩シャケのことである。もう89歳なので、
食に関しては、頑なになっていて、なかなか昔の味の塩シャケがないと
嘆いている。例えば、観光旅館の朝食バイキングで出される塩シャケが
味の薄いパサパサなのはわかるが、最近のスーパーで売られている
塩シャケにも、まともなものがないという。そこで、妻が老舗魚屋を回って
伝統的な味の塩引きを探し回っている。とにかく、義母は今では、オカズ
に、塩シャケとマグロの刺身がなくては夜も明けない。

一方のぼくは、シャケというと、お茶漬けとオニギリにしか縁がない。
宮城名物の「はらこ飯」(シャケの煮汁でご飯を炊いたものにイクラを混ぜ
たもの)は一度食べて嫌いになったし、北海道名物のチャンチャン焼き
(シャケと野菜と一緒に鉄板で焼いたもの)も、二度と食べたくないし、
スモークサーモンもおいしいとは思わない。だいたい、鮭というのは、
淡水系の魚なので、味が淡泊で旨みがない。マスもヤマメも同じような
ものである。それでも、北海道人は、ブリを捨てて、サケを優先する…。
久しぶりに、東西の食文化のギャップを感じてしまった。

(2015年9月)


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