石の2 江戸娘のおしゃれ


江戸娘2 NHK「お江戸でござる」の杉浦日向子の話がおもしろくて、
彼女のいろんなエッセイを読むうちに、江戸の女性のファッションに
少なからず興味が湧いて来た。なにより意外だったのは、当時の
若い女性の着物の着方がとてもルーズであり、くだけていたという話だ。
うなじや肩を大きく出したりしていて、けっこう色っぽかったという。

ぼくは和服も着ないし、着物の基本もよくわからないので、江戸時代の
女性はみんな、現在のようなものと同じ着物をきていると思い込んで
いた。しかし、よく考えれば、現在のようなややこしい着物着付け教室
なんてものが、当時にあったわけがない。当時は誰でも自分で毎日着て、
それで動き回り、労働もやっていたのだから、ずっと簡単で便利な着方で
あったはずなのだ。

まず最初に、現在の和服で普通になっている、帯を後ろでふっくらと
まとめている「太鼓結び」というのは、幕末に深川芸者が始めたもので
それが日本婦人の着物として普通になったのは明治40年辺りだと
いうのだ。え!そうなの?と思って、時代劇を観ると、確かに江戸時代の
女性は、あんなに大げさな帯の結び方をしていないのである。NHKも、
歴史考証をしていて、衣装係もそれなりにちゃんとしているというので、
観てみると、確かに、綾瀬はるかなども、文庫結びである。しかし、
それは幕末になってからであり、その以前はもっと簡単だったらしい。

さらに、当時は着物の裾が長くて、室内ではズルズルと引きずって歩いて
いたという。外に出る時には、長い分を腰ひもに、たくし上げるのである。
今の感覚でいえば、身長分に裁断すればいいじゃないかと思うが、衣服
江戸娘2 の値段は高い。娘に譲る時に、短いと困る。長いままにしておいて、たくし
上げる方が合理的なのである。たくし上げる紐も今は帯の下にきれいに
隠しているが、当時はオン・オフがすぐ出来るように、無造作だった。

そして、当時は腰の前合わせも緩くて、歩くと裾がチラリチラリと見えた
らしい。「小股の切れ上がった女」という褒め言葉があるが、あれは
「セクシー」ということである。
さらにプリントが自由な木綿生地が出回るようになると、元禄時代には
町娘がいろんなデザインを楽しむようになった。蜘蛛や、蝙蝠なども
あり、度肝を抜いたという。今でいえば、Tシャツにドクロ模様だろうか。
そして、彼女らがファッションのお手本にしたのが、吉原の花魁や芸者、
そして歌舞伎役者だった。もちろん、それらは前衛のファッションであるから
そこから少しずつ取り入れるのである。いろんな色彩やデザインがあふれ、
町娘たちは、それをキャーキャーと楽しんだ。

ところがそれを苦々しく思っていたのが、徳川幕府である。
幕府は農本主義であり、朱子学によって商業を低くみていた。そのために
貧乏であり、倹約をさかんに言い立てたが、江戸時代が進むと、商業と貨幣
経済が世の中を牛耳るようになっていった。つまり、武士よりも町民の方が
自由とぜいたくを楽しめるようになったのである。
そのために幕府は、奢侈(しゃし)禁止令というのを度々出した。ぜいたくを
するなというのである。何回も出たということは、なかなかそれが徹底しなかった
ということだ。水野忠邦の「天保の改革」は厳しくて、ついに歌舞伎自体も
禁止されてしまったが、それでも、いつのまにか蘇るのである。
オシャレに目覚めてしまった町娘は、贅沢禁止令が出る度に、きれいな衣服を
奥にしまわなければならなかったが、その一方で、裏地に凝るなどという
ウフフなやり方を生み出した。隠れたオシャレである。

江戸娘3 その影響で、「粋(いき)」というオシャレ感覚が出現した。
お金をかければ豪華で美しくなるという美的感覚とは正反対であり、
そういうのはむしろ野暮であり、むしろ、金を使っていないのに、オシャレに
見える何かしら芸術的なやり方というのだろうか、そういうのを追求する美学が
民衆の中に生まれたのだ。例えば、裏地に凝るのである。裏地に赤を使い、
歩けばそれがチラチラして逆にオシャレである。
また「江戸小紋」が発達した。遠くから見ると無地だが、近くによると、微細な
文様のプリントが施されていて、高度なオシャレだった。
また、地味な模様の「縞木綿」が流行ったが、これは縦縞のストライプであり、
それが逆に女性の曲線美を際立たせることになり、それを狙ったのではなか
ったのに、セクシーさを強調することになった。

着物といえば、現在の和装のピシッとした窮屈なものだと思いがちだが、
江戸娘の着物の着方というのは、現代の着物の着方とは全く違っていた。
それはとにかく、かなり無造作であり、「ぞろり」としていたのである。
それがまた、現代の和装と違った、自然なセクシーさだったのであり、
多くの現代人がほとんど知らないことである。
(2015年5月)

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