石の2 日本人は昔、みんなガンバ歩きをしていた?


ガンバ1 明治時代以前の日本人は、現在とは違う歩き方をしていたという話が
ある。それを「ガンバ歩き」といって、今の人は歩く時に、足と腕を左右
交互に振って歩くが、昔は右足と右腕を一緒に揃えて歩いていたと
いうのである。例えば、相撲の摺り足のように、あるいは武士が廊下を
歩く時のように、あるいは盆踊りの歩き方のようにである。

ただ、「右足と右腕を一緒に揃えて歩いた」という表現は極端であり、
実際は、「上半身をなるべく、ひねらないような歩き方」をしていた、
というのが本当のようだ。
どうしてそうしていたかというと、洋服と違って日本の着物は帯を
腰で巻くので、身体をひねって歩いていると、着崩れしてくるというの
がひとつ。もうひとつは、武術のせいだという。

剣道を見ていてもわかるが、刀を使うには、とにかく腰を据えて安定させる
のが第一で、摺り足で迫ってゆき、上半身がぶれてはならない。
強い剣士というのは、それが実に、様になっており、姿形が見事に美しい。
「能」の所作が美しいのも、それを取り入れたからだ。映画「陰陽師」
で、主役をやった狂言師・野村萬斎が竹林を急ぎ足で走るシーンが
あるが、その走り方が実に美しい。欧米人は身体を振って、力任せに
走るが、ガンバ歩きはエネルギーに無駄がないという。
それは、柔道や合気道にも通じるという。

欧米人は、肉体と筋肉の強さを鍛えることで、エネルギーの消耗をそれ
で補おうとするが、日本人にはエネルギーの使い方に関して別の
思想があった。それは「身体をねじらない」ことによって、エネルギー
を消耗しないということだ。
例えば、身体の小さい者が、はるかに身体が大きくて肉体的、筋肉的
にも勝った相手を投げ飛ばすという柔術は、力任せにやってくる相手
の「身体のねじれ」を利用するのである。

理論的にいえば、こういうことになる。
ロボット工学でもわかるように、人間が二本足で立っているのは、
たいそう微妙なバランスである。常に倒れないようにと無意識に
脳を働かせている。柔術はその虚をつく。
人間が力を入れようとする場合、二本足で倒れまいとしている上に、
身体をねじってバネを利かせようとする。その時に相手のバランスは
極端に崩れ、虚が生まれる。柔術というのは、そこをよく観察し、
ガンバ2 相手が持ち直そうとする方向とは逆の方へ、すっと手を伸ばして、
バランスを崩し、倒してしまう術である。つまり、こちらは力を使わず、
相手が力を入れてくる分、相手は激しく転倒するのである。
ただ、その場合、こちらは常にバランスを取っていなければならない。
だから、上半身に、ねじれを作らないようにするのが基本となる。
日本人はそれを「美しさ」と見たのではないだろうか。

現代人は、ガンバ歩きとは無縁の歩き方をしているように思えるが、
なんの、山歩きで登る時には、自然にそれをやっているのである。
そして、江戸時代の人は、現代と違ってカバンなどなくて、風呂敷に
ものを包んで両手で持って歩いていたので、それを傾けないように歩く
には、自然に上半身を揺らさないで歩くようにしていたのである。
その方が疲れないし、持続力もあるようなのだ。
ふとした折に、自分の無意識なガンバ歩きに気付いてみるのも
いいかもしれない。
(2013年12月)


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