石の2 長崎原爆の日


原爆1 真夏になると、8月6日の広島被爆の日に続いて、8月9日の
長崎被爆の日がやってくる。小学校の頃、11時2分になると、
サイレンが鳴り、道を歩いていた人々が一斉に立ち止って、
その場で黙祷をしていた。ぼくも母の側で、皆を真似て目を閉じた。
友人に聞いてみると、これは今でも、ある程度そうらしい。

長崎に原爆が落ちたのは、長崎郊外の浦上地区で、皮肉にも、
日本で最もキリスト教徒が密集していた場所だった。米軍としては
本当は長崎市の中心である、今の中央橋付近に落としたかったら
しいが、原爆を吊ったパラシュートが風に流されて浦上で爆発した。
そのために、山をひとつ挟んだ中央市街は直撃ではなかった。
だから、幕末に建築されたグラバー邸や、大浦天主堂が今でも
日本最古の木造洋風建築物や、日本最古のキリスト教会として
残っているのである。

原爆が落ちた辺りは、今は平和公園となって、有名な祈念像が
立っている。これは長崎出身の彫刻家・北村西望の作だが、あの像
のモデルはどうみても、力道山だと、子供の頃から思っていた。
平和公園は、祈念式典を行うための、だだっ広い広場で、夏には
アイスクリン売りのおばさんが台を引いてやってくる。広場の周囲
には、キョウチクトウが咲いていて、原爆の翌年も焼け野原に、
原爆2 花といえばこれだけが真っ赤に咲いたそうだ。
平和公園に隣接して原爆資料館がある。子供の頃に初めて行き、
何やら忘れていたが、大学生の頃、帰省した時、もう一回行って、
展示をじっくり見て、かなりショックを受けた。誰もが一度は見ておい
て欲しいと思う。海外の人にも見て欲しい。

去年、アメリカのオバマ大統領が広島の慰霊に訪れた時、マスコミ
の中には長崎にも来て欲しい、それが長崎の声だ、などと煽るもの
があったが、そこまで無理な要求をしない方がいい。
今年も8月9日には、ぼくは祈念式典を唯一中継しているNHKを
つけて、11時2分に黙祷をし、その後の長崎市長のスピーチまで
眺めていたが、長崎市長の発言というのは被爆地として、反戦平和
という理想において、立派なことを言うように期待されている。
今年も聞いていると、核兵器廃絶まではいいが、日本が永久に戦争を
しない国であることを求めたいと言うので、「あんた、そりゃ無理だろ」と
原爆3 言いたくなった。こちらが戦争はしませんと宣言しても、相手がそれは
助かりますと戦争を仕掛けてくるのである。日本国にとっての憲法9条
なんて、中国にとっては、ただの紙屑でしかない。だから左翼勢力が、
戦争反対などと、正義のつもりで叫んでいるが、そういうのは日本政府
にではなくて中国政府に対してやってもらいたいものである。

ただ、原爆資料館を見学した感想として、核兵器の使用だけは、
細菌兵器と同じように禁止してもらいたい。なにしろ核兵器は、一発で
数十万人をも殺す殺傷能力を持っているし、誰でも彼でも無差別に
殺してしまうのである。
(2016年8月)


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