石の2 肌の露出に関する話・男性編


肌男1 中国人や韓国人は、人の前で裸になることを、とても嫌がるという。
日本で一緒に露天風呂に入ろうと誘っても、嫌がって入らないという。
これは儒教のせいだと思われていた。人前で裸になるというのは、
礼を欠いた行為だとされているからだ。
しかし、よく考えてみると、中国の歴代の漢民族の首都があったのは、
海とは遥かに隔たった、中国大陸の内陸部である。儒教の礼は
そこで生まれている。

海が近くて、蒸し暑ければ、人は自然に裸になるものである。
インドネシアなどの南方に起源を持つ日本人は、男はフンドシ一本の
裸で働くことが別に不思議でもなんでもなく、ごく普通のことだった。
だいたい、フンドシというものを使用する人々というのが、民族的に
限られている。東南アジアとポリネシアと日本だけである。
普段から男達は、海に潜って魚介類を獲るし、フンドシだけの裸は
当たり前の姿である。日本の伝統的な祭りにおいても、フンドシの
締め込み姿の男衆というのは、凛々しいと讃えられこそすれ、
野蛮だという人はいないと思う。それが日本の伝統である。
ところが、海と遠く離れた大陸内部の人々にとっては、
そういう姿が、とてつもなく異種に見えるらしい。

そして、内陸の人々にとっては、馬に乗るのがかかせないというのもある。
馬を制御するには、太股でしっかり馬の胴を挟んでいなければならないが、
摩擦があるので、それは生足では無理なので、太股に革をあてがう。
それが、パンツあるいはスラックスの原形なのである。だから、馬に乗る
民族にとって下着は最初から今の形状のパンツしかなかったのである。
肌男2 それはヨーロッパも同じである。

だから、大陸人の男も上半身が裸になっても平気なのだが、いつも
布で覆っている下半身を裸にするのは苦手なのだろう。そのせいで、
大陸人が日本に来て風呂で全裸になるというのに躊躇するようだ。
司馬遼太郎さんのエッセイで読んで、そうなのかと思ったのだが、
中国人、韓国人にとって、一番嫌な日本人のイメージというのは、
ふんどし一本の裸で刀をふりかざす姿だそうだ。
これには、中国の明王朝、朝鮮の高麗王朝時代に、中国や朝鮮の
沿岸地方を盛んに襲って、両国を苦しめた日本の海賊である倭寇
の影響があるかもしれない。海乱鬼(かいらぎ)とも言われた。
だから、ヤクザ映画で、日本人が勢いを見せるために、片肌脱いで
入墨を見せるのなどは野蛮人の極に見えるそうである。

ところが最近は、中国人がお金持ちになるにつれ、日本旅行ブームが
起こり、日本に来たなら温泉だという風になり、最近では、中国人の
男女が日本の温泉で平気でスッポンポンになり、その意外な気持ちの
良さに目覚めているらしい。

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