石の2 日活映画「八月の濡れた砂」


八月その1 昨日、レンタルビデオ店に行ったら、DVDの「八月の濡れた砂
を見つけた。昔の日活映画作品である。懐かしい。
最近は、往年の名作が、続々とDVDで復活しているが、
これもその一連のひとつだ。
この映画は、1971年の封切りで、ぼくが大学生の頃だ。

71年といえば、学生運動が挫折して、エネルギーの矛先を
失った若者が、「やりきれない気分」で、鬱々としていた時代だ。
この映画の主人公達は、学生運動とは関係のない、その直後の
新しい若者だが、何をしていいのかわからない青春に関して、
大人への反発と、性欲と、自暴自棄が描かれる。
湘南の夏。熱い日差し、けだるい午後。額を流れる汗。
水着。東京から来た姉妹。ヨット。

同じ湘南の青春を描いても、かつての日活の石原裕次郎の
ような新しい世代の輝きはなく、あんなに金持ちでもなく、
また、東宝映画の加山雄三の若大将シリーズのような、
明るい陽気な湘南の青春でもない。
なにせ、海の家の息子と、高校を退学した不良の夏の、
ジリジリした暑いだけの、やり場のないエネルギーを
ただ、ぶっちゃけただけのような映画なのだ。

ラストシーンは、この男女4人がヨットに乗って、海に出るのだが、
そのヨットだって、主人公の母の愛人の金持ちの男に、
猟銃を突きつけて奪ったものだ。
海に出ても、わけのわからない衝動のままに、キャビンの中で、
八月2 猟銃をぷっ放す。そんなことしたら、穴が空くだろうが、
そこから海水が漏れるだろうが、どうすんだ?と言いたくなるが、
呆然と、海に浮かんでいるだけ。

ただ、そのラストシーンで何より良かったのが、
男女4人を乗せたヨットを、俯瞰しながら流れる主題歌である。
ガットギターのイントロから始まる、石川セリの歌声。
あたしの~海を~真っ赤に染めて、
夕日が血潮を流しているの♪

これが、この映画を何倍にも、ぐっと引き締めた。
これによって、当時の青春映画の代表作になった。
ぼくは、このシングルレコードを買いましたもん。名曲です。
ちなみに、石川セリは、後の井上陽水の奥さんです。

この映画の監督は、藤田敏八
東大卒で、俳優としても経歴があるが、新進監督として、
「八月…」の他に、当時、大ヒットした「かぐや姫」の曲をベースに、
「赤ちょうちん」や「妹」などの作品で、初々しい秋吉久美子
起用して、やはり当時を代表する青春映画を作っている。
「赤い鳥逃げた?」では、桃井かおりを発掘してた。
秋吉久美子も、桃井かおりも、その作品群で、あっさりと、
オッパイを見せたりするのが、当時の新進女優らしかった。
みんな、突っ張っていた。

< そして、「八月…」は、日活青春映画の最後の作品になった。
伝統ある日活映画が傾いていたのだ。資金がなくなって、
その後、日活ロマンポルノへと方針を転換する。
ポルノといっても、今の過激な何でもありのビデオとは違う。
なにしろ、当時はまだヘアヌードは解禁されておらず、
今のようなアダルトビデオなんてなかった。つまり、
あくまで映画作品であって、要するに、ポルノ風にすれば、
部屋の中の色事が中心であり、制作費が安く済むというわけだ。
そういうポルノ風の作品でも、日活の若くて気鋭の監督達は、
けっこう、芸術性の高い作品を作っていたのだ。
ただ、日活のイメージは一気に落ちた。

昔の日活黄金期を支えた、裕次郎も、吉永小百合も、
みなさん、フリーになって、テレビドラマに出るようになった。
村野武範2 日活映画の黄金期を作り出したのは、石原裕次郎の
湘南を舞台にした太陽族という、金持ちの若者達の
青春群像だったが、
日活最後の青春映画も、やはり湘南を舞台にしたけれども、、
今度は、金のない若者達の夏の映画になったわけだ。

「八月…」の主人公だった、村野武範ですが、
当時の映画で見ると、石原裕次郎の再来かと思えるような
雰囲気でかっこよかったと思うのだが、
日活映画がコケてしまったので、テレビドラマに移り、
一時は「飛び出せ!青春」という、一連の青春スポーツドラマ
の教師役をやって、ずいぶん人気が出たのだが、結局、
その後は、「食いしん坊!ばんざい」という、グルメ番組の
レポーターになってしまい、そのイメージが定着してしまった。
そして、今や、すっかり、額のホクロも少し大きくなった感じの、
やや、3枚目的な、旅番組専門の中年タレントになっている。
「八月…」とは、ずいぶんイメージが違うんだよなあ。


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