石の2 ドクターヘリで運ばれた

ドクターヘリ1 2016年のことだ。久しぶりに夫婦で山形蔵王スキー場に滑りに行った。
それまで10年以上も毎年滑っていたし、2年程ブランクが空いたものの、
普通に滑れると思っていた。ぼくは元々、喘息だったが、近頃は肺機能が
急激に衰えていて、激しい運動は出来なくなっていた。初詣で神社の長い
階段を登るだけでヒーハーするのだ。どうも、昔とは違うなとは思っていた。
しかし、スキーなら下るだけだしそんなにきつくないだろうと思っていたの
だが、とんでもなかった。スキーはターンする度にえらく体力を使うのである。
それで、ぼくの呼吸が悲鳴を上げた。途中からゼイゼイして滑れなくなり、
倒れてしまったのだ。顔が真っ青になり、脂汗が出てきた。あと500m程
下のゲレンデまで運んでもらえばなんとかなると思ったので、妻がケータイ
で、スキー場のパトロール隊に電話をかけた。そういう時のためにコースの
あちこちに数字が示してあり、その番号を言えばいいのである。

しばらくすると、若い男性の隊員が2人スキーで、ソリを持って来てくれて、
すぐに指に何か測定器を挟んだ。血液内の酸素を計るものだという。
ぼくはソリで下のゲレンデまで降ろしてもらったら、すぐに回復すると思って
いたが、隊員は救急車を呼びましょうと言う。ぼくは「いや、そんな大げさな
ドクターヘリ2 ものでは…」と躊躇すると、「みなさん、そういう人が多いですが、それで
大変なことになる人もいるのです」と説得され、わかりましたと頷いて、
救急車が来ることになった。2人の隊員がぼくをソリに横たえて、引っ張り、
下のゲレンデまで降ろしてくれたが、ぼくはそれで、もうほとんど回復した
気分だった。意識もはっきりしていた。ところが、救急車を待っている間に
上空にヘリコプターの爆音が聞こえた。「ドクターヘリだ!」という声が聞こ
えた。ぼくは「ウソだろ!」と思った。パトロール隊員と救急車の隊員とは
頻繁に連絡していたが、結局、救急車を出した消防署が判断してドクター
ヘリを要請したのである。

しかし、ヘリが降りるに適した駐車場は別のゲレンデにあるというので、
救急車でそのゲレンデまで運ぶことになった。まず救急車が到着して、
いよいよ僕は患者として運ばれることになった。酸素吸入器を始め、計測
のいろんな機器をつけられ、救急車で15分くらい運ばれた。妻の優子の
言うところによれば、黒姫ゲレンデに着くと、消防車が1台いて、隊員3名が
手を後ろにして整列していて、その向うに、ドクターヘリが着地していた。
操縦士と副操縦士、ドクターとナースがいて、そのドクターが救急車にやって
きて、ぼくを10分くらい診た後に、ヘリで運ぶことを決めたのである。
そこからの行動もテキパキしていた。救急車からヘリにぼくを運ぶ間、
消防隊員はぼくをブルーシートで隠してくれたという。

ドクターヘリ3 ドクターヘリというのは、ベッドに横になった患者を、機体の後部から搬入
する構造になっていて、妻は、そういう動きを写真に撮りたかったが、
不謹慎に思えてあきらめたという。ただ、とにかく、あらゆる人々の動きが
テキパキとしていることに本当に感動したという。
ぼくがドクターヘリの中に納まると、さらにいろんな計測器をつけられ、点滴
器もつけられ、ヘリが始動して浮かび上がった。ぼくにとって初めてのヘリコ
プター乗車体験である。出来れば起き上がって外を見たいのだが、横たえられ
た患者の身ではそうもいかない。10分もしないうちに、山形中央病院のヘリ
ポートに降りて、すぐに救急室に運びこまれ、医師や看護婦6人くらい総がか
りで、レントゲンやあらゆる検査をされ、大丈夫ということで、最後に1時間弱、
点滴をされて、スキー場から車を運転してきた妻と再会できたのである。
それから30分後には、妻の運転する車の助手席に乗って、仙台へと走っいた
のだが、その時に思ったのは、こんなに大げさにしてもらって悪かったなあと
思う気持ちだった。その後、妻は蔵王のパトロール隊宛に、お礼の手紙と
菓子折りを送った。

ドクターヘリ4 そして2年後、妻がたまたまテレビで、「コードブルー・ドクターヘリ救急救命」
というドラマを観たらおもしろかったというので、ふたりでちょくちょく観るように
なったが、これが実によく出来た医療ドラマなのである。山下智久、新垣結衣、
戸田恵梨香などの人気俳優がドクターヘリの医者を演じているが、最近のテレビ
ドラマにしては脚本が実にしっかりしている。
それにしても感心するのは、救急救命のためにドクターヘリに乗り込んだ医師
達が必死に働く姿である。一刻を争う病人や負傷者のために、医師がヘリで
直接、現場に駆け付けるというのがドクターヘリという体制である。あのドラマ
での戦場のような駆け引きを見ていたら、今さらながら、蔵王スキー場でぼくが
単なる目まいくらいで、ドクターヘリで運ばれたのが申し訳なかったと思う。
それにしても、この人気テレビドラマは、既に10年前から放映されているという。
ということは、ドクターヘリの活躍を知っている人々も結構いるということだ。
ぼくらが知らなかっただけなのだ。今年は、このテレビドラマが劇場版映画にも
なって公開されたので、ぼくらも観に行った。それにしても、2年前は山形県に
ドクターヘリが出来たばかりで、仙台にはまだなかったし、各県に1台ということ
だった。今では、ずっと増えたのかもしれない。
(2018年8月)

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