石の2 言い回しのおもしろさ


言い回し2 秋保温泉のホテルに、日帰り温泉浴に行って、
ロビーの喫茶で、ビールを飲みながら、妻と義母を
待っていた時、隣のテーブルに高齢の婦人が二人いて、
ガラスの外の庭園を眺めながら東北弁でしゃべっていた。
大きな池の水際に咲いている花を指して、
「あの赤い花は何?」
「山茶花(さざんか)だべ」
「あんなに水を抱えて、よく枯れねえな」
と、水際の山茶花を、心配する様子。
「だって、根っ子は、水に浸かってないよ」
「んだな」と、というさりげない会話だったが、
「水を抱えて…」という言い回しがいいなあと、感心した。
田舎の人は、いい言葉を使うなあとしみじみ思った。

東京は東京で、昭和の言葉使いを具現していたのが、
向田邦子の小説や脚本のドラマである。
言い回し3 「我慢」ではなく「辛抱」。「恥ずかしい」ではなく、「きまりが悪い」。
「いらいらする」ではなく、「じれったい」。
奥ゆかしくて、いいなあと思う。
映画やテレビドラマで、昭和を舞台とするならば、
街の映像や、小物に凝るのと同様に、言い回しにも、
少し凝って欲しい。それだけで、ずっと、時代の雰囲気が出るものだ。

江戸言葉といえば、落語である。
聞いていて気持ちが良い。ぼくも昔、落語本を買って、
一人、部屋で気分を出して読んでみたが、
しゃべりながら、実にうっとりする。

少しニュアンスが違うかとは思うが、
中学生の頃、友達の一人に、テレビ・ドラマのナレーションを
暗記して得意気に語ってくれるのがいて、これがおもしろかった。
例えば、当時、アメリカのTVドラマで、大ヒットしていた「逃亡者」
(最近、ハリソン・フォードの主演でリメイク、映画化された)
言い回し4 の冒頭の、矢島正明によるナレーションである。

リチャード・キンブル。職業、医師。正しかるべき正義も時として
盲(めしい)る事がある。彼は身に覚えのない妻殺しの罪で、
死刑を宣告され、護送の途中、列車事故に遭って辛くも脱走した。
孤独と絶望の逃亡生活が始まる。髪の色を変え、重労働に耐えながら、
犯行現場から走り去った片腕の男を探し求める。彼は逃げる。
執拗なジェラード警部の追跡をかわしながら、現在を今夜を、
そして明日を生きるために…


そして、ジャジャーンという音楽と共に、「The・Fugitive」という
タイトルが読み上げられるのである。
ぼくらの世代ならば、たいてい知っている名セリフである。
うまいうまい!と、ぼくらは彼に拍手した。すると、次もあった。
今度は、やはり、当時ヒットしていた「ザ・ガードマン」という、
宇津井健が主役の日本のTVドラマである。

エレキギターの伴奏にかぶせられるナレーション。
ザ・ガードマンとは、警備と保障を業務とし、大都会に渦巻く犯罪に、
敢然と立ち向かう勇敢な男達の物語である。昼は人々の生活を守り、
夜は人々の眠りを安らぐ自由と責任の名において、日々活躍する
名もなき男達。それは、サ・ガードマン


またも、パチパチパチと拍手。すると、喜んだ友は、
続いて、三波春夫の忠臣蔵の討ち入りを語り出すのだ。
これがなかなかの名調子。

言い回し5時は元禄十五年、十二月十四日、江戸の夜風をふるわせて
響くは山鹿流儀の陣太鼓、しかも一打ち二打ち三流れ、
思わずハッと立上り、耳を澄ませて太鼓を数え
「おう、正しく赤穂浪士の討ち入りじゃ」
助太刀するは此の時ぞ、もしやその中に
昼間別れたあのそば屋が居りわせぬか、
名前はなんと今一度、逢うて別れが告げたいものと、
けいこ襦袢に身を固め、段小倉の袴、
股立ち高く取り上げて、白綾たたんで
後ろ鉢巻眼のつる如く、なげしにかかるは先祖伝来、
俵弾正鍛えたる九尺の手槍を右の手に、
切戸を開けて一足表に踏み出せば、
天は幽暗地は凱々たる白雪を
蹴立てて行手は松坂町・・・・・

吉良の屋敷に来て見れば、
今、討ち入りは真最中
総大将の内蔵之助。
見つけて駆け寄る俵星が、
天下無双のこの槍で、
お助太刀をば致そうぞ、
云われた時に大石は深き御恩はこの通り、
言い回し6 厚く御礼を申します。
されども此処は此のままに槍を納めて
御引上げ下さるならば有難し、
かかる折しも一人の浪士が
雪をけたててサク、サク、
サク、サク、サク、サク、サクーサクー
「先生」
「おうッ、そば屋か」
いや、いや、いや、いや、
襟に書かれた名前こそ
まことは杉野の十兵衛殿、
わしが教えたあの極意、
命惜しむな名をこそ惜しめ、
立派な働き祈りますぞよ
さらばさらばと右左。
赤穂浪士に邪魔する奴は、
何人たりとも通さんぞ、
橋のたもとで石突き突いて、
槍の玄蕃は仁王立ち・・・・・・

打てや響けや 山鹿の太鼓
月も夜空に 冴え渡る
夢と聞きつつ 両国の
橋のたもとで 雪ふみしめた
槍に玄蕃の 涙が光る


言い回し7 早いテンポの節回し。聞いてると実にいい。うっとりする。
ローリング・ストーンズのレコードを買ってる奴が、
一方で、こういうのを暗記して、やってくれる。
要するに、これも言葉の音楽なんですね。

映画で感心したのは、「仁義なき戦い」シリーズである。
戦後すぐのヤクザ社会を描いた暴力的な映画なのだが、
広島弁が効いている上に、その言い回しがリアルである。
例えば、こういう会話。菅原文太が、

オヤジさん、言うといたるがの、あんたはわしらが担(かつ)いどる
神輿(みこし)じゃないの。組がここまでなるのに誰が血流しとるの?
神輿が勝手に歩けるいうなら、歩いてみいや、おお


と、身勝手な組長の、金子信雄にスゴむ場面などは、
これは、セリフの勝利である。
「仁義なき…」は、この広島弁と、リアルな言い回しがなければ、
これほどの名作にはならなかっただろう。


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