石の2 「いきなりステーキ」に行って、わかったこと

いきなり1 「いきなりステーキ」という、牛肉のステーキを安価で提供する
店が東京に現れたのは2014年頃である。ステーキなのに
立ち食い?とかなり驚いたものだが、テレビでも評判になり、
行列が出来る店になっているという。やがて仙台のアーケード
にも進出したが、その前を通ると、実際にいつも行列が出来て
いるので驚いた。ぼくはステーキを立ち食いするなんてイヤだし、
食事をするのに行列するのもまっぴらゴメンなので、ずっと行く
気はしなかったが、最近になって仙台でもあちこちに出店する
ようになり、しかも椅子席の店もあり、郊外店ならば行列しなくても
大丈夫というので初めて行ってみることにしたのである。

ランチタイムで、代表的なメニューがアメリカ産牛肉・リブロース
200gである。カップスープとライスがついて1130円。確かに安い。
200gの分厚い肉を網で外側をしっかり焼いて、後は熱した鉄板皿
に置いて運ばれてくる。つまりレアで出てくるので、後は好き好きで
熱を加えてどうぞというわけだ。そして、この店の基本的な考えは、
アメリカ産の牛肉の赤身肉はレアで食べてこそ、本当の肉のおいしさ
がわかるということなのだ。それを教えたいという情熱にあふれていた。

しかし、ぼくの今までの肉に対する考えは、それとは全く逆だった。
肉はレアで出されたら、グニャグニャで噛み切れないと思っていた。
だから、焼き方に関しては必ずウェルダンで注文していた。
スーパーで買ってきたステーキ肉を家で焼く時も、ガチガチによく
焼いて食べていたのだ。それでこそ、ちゃんと噛み切れると信じていた。
ぼくの年代で同じように思っている人はけっこう多いと思う。なにしろ、
子供の頃はステーキといえば、鯨肉だった世代である。しかし、今でも
日本のステーキ肉はとても薄いが、西洋では逆に分厚いのが常識
だという。外国では肉の薄切りすら売っていないという。そんな分厚い
いきなり2 肉が本当に噛み切れるんだろうか?と思っていたのである。

とにかく、それほど人気なら一度は試しに食べてみようと思い、
ちゃんと椅子に座れるというのを確かめて行ったのだ。しかし、店頭に
立つと、扉のポップに「ステーキは300g以上で注文して下さいね」と
書いてある。要するにそれくらいの量で焼かないと、本当のうまさが
出ないといういう趣旨なのだ。それにぼくは少々ひるんだ。なにしろ、
日本人は小食であり、ましてやぼくのような年になると、普通の定食
ですら一人前は食べられずに残すのである。300gは無理だと思った。
すると妻が「残しゃいいのよ」と言うのである。意を決して入った。
すると、メニューを見るとメインは200gであった。やはり日本では
300gは無理だと悟ったのだろう。検索で調べた通りだった。

さて、鉄板の上でジュージューいいながら出てきたステーキを
生ビールを飲みながら頂いたのだが、なるほど中味はレアなのに、
ちゃんと噛み切れるし美味しい。ぼくは静かに驚いた。そうか、
これが肉の本当の味なのかと感動した。ぼくは今までレアは断固
拒否してきたのだが、撤回することにした。これからはステーキの
焼き方はレアにすると決心したのである。67歳にして悟ったのだ。
ステーキに関する限り、人生の転換期を味わったのだ。
そのあと何回か行ったが、リブロースつまりロース肉は、スジが
残っている所もあり若者ではないのでガシガシとは食えなかった
が、少し値が高いヒレ・ステーキならとても完璧に柔らかい。
とにかく、ステーキに関する認識が見事に変わってしまったのだ。

そしてもうひとつ認識が変わることがあった。和牛のように脂が
多い肉は旨みも多いが、こってりしているので多くは食べられない。
ところが赤身の肉はさっぱりしているので、ステーキの200gでも
それほど、お腹にもたれずに食べられてしまうのである。
これもひとつの発見だった。

ところが、ほぼ時を同じくして、牛肉のもうひとつおいしい食べ方
に目覚める体験をしてしまった。それは「牛肉のタタキ」である。
いきなり3 牛肉の食べ方として、ステーキの他に西洋では「ローストビーフ」
というものがある。牛肉の塊りをオーブンでローストして蒸し焼きに
した後、薄切りにして食べる。しかし、ぼくはこれがどうも苦手で、
あまりおいしいと思わなかった。ところが「いきなりステーキ」を
知ったとほぼ同じ頃、長崎に帰った時、妹が酒のおつまみにと
出してくれたのが、牛肉のタタキだった。
薄い牛肉の刺身みたいなものをポン酢で食べる。なにこれ、
旨いねえ!とビックリした。それは牛肉の固まりを買ってきて、
外側だけを焼いて肉の旨みを閉じ込め、氷水で冷やして切りやすい
ようにして、薄く切って皿に盛るのである。これが、なんともおいしい。
ローストビーフはもっと中まで熱を入れてあるのに対して、こちらは
あくまで肉の刺身なのである。ぼくは馬の生肉である馬刺しも好き
なので、牛肉のタタキを好きになるのも当然であった。

霜降りの和牛を味わうにはスキヤキであり、もっとおいしいのが
しゃぶしゃぶであるが、赤身の牛肉を味わうにはレアのステーキ
であり、タタキもいいぞと知った年であった。
(2019年3月)

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