石の2 金沢の人

ぼくらが初めて金沢に観光に行くに当たって、下調べした中で少し
おもしろい言葉があった。それは「越中強盗、越前詐欺、加賀乞食」
というものである。越中は富山、越前は福井、加賀は石川県金沢の
ことなのだが、これは、もし困窮してどうしようもなくなった場合にどう
なるかという県民性を言い表している。

まず「越中富山」の富山人というのは、「富山の薬売り」で有名なように、
日本全国に置き薬を売り歩いたくらいのエネルギーがある活動的な県民
である。だから困窮したら、強盗をやるくらいの気力がある。
次に越前福井人は、京都に近いこともあり、言葉巧みに人をたぶらかす
外交力があり、それで利益を計る気質があるという。だから詐欺。
その富山と福井の中間にある、加賀の金沢だが、徳川政権に反抗する
つもりはないことを表現するために、前田家はとにかく趣味娯楽の世界
にのめり込んでしまったという歴史がある。そのために、性格もおっとり
のんびりしていて、だから、もし困窮の場合、何の能力もなく乞食になる
しかないというのである。笑うしかないし、自虐的である。

同じように、金沢を表す言葉としてもうひとつ、「空から謡いが降ってくる」
というのがある。江戸時代の金沢ではどこの町を歩いていても、二階から
三味線や、謡い(うたい)を練習する音が聞こえてきたというのである。
それくらい、加賀前田家の金沢では町民の間で、歌舞音曲が盛んだった
のである。江戸では歌舞伎などの派手な町民文化が何度も規制されたが、
大阪や金沢などの、江戸と離れた都市では規制されても、言うことを聞か
ず、町民文化が盛んだったのである。

その金沢の方言はどういう風だろうかと思っていたら、やはり関西系である。
というか、岡山や広島県の言葉にも似ている。仙台に帰ってきて、DVD
で五木寛之の小説を映画化した「大河の一滴」という金沢を舞台にした
作品を観たが、安田成美、三国連太郎などの出演者達が話す言葉は、
「~がかや」のように、近畿、中国地方の言葉が入り混じった感じである。
以前、黒部ダム観光に行って、富山市に泊まった時、こちらの人は関西弁
なんだなと思ったのだが、金沢でもそうだった。

金沢を去るに当たって小松空港に行くバスは海辺を走る。夕陽が傾き
かけていたので、海に沈む夕陽を期待した。長崎人であるボクにとって、
夕陽はいつも海に沈む姿が最も美しいのであり、それがかなえられる
のが日本海側の海岸である。ところが今回は雲が多かったこともあり、
飛行機が飛び立つ時間には、ほんの雲間に赤い夕陽が横にたなびいている
くらいだった。ぼくは窓側に座った妻の横から、それをぼんやり眺めていたが、
後ろの席にいた、若い母親と共に座っていた小学生くらいの男の子が夕焼けを
見て母親に、「あれ、赤くない?」と言ったのが聞こえた。昔の子供なら
夕焼けを見た場合、普通は単純に「赤いね」と言っていたはずであるのが、
今はこんな小さな子までもが「赤くない?」と言うようになっている。
流行は怖ろしいと思った。
(2019年5月)

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