石の2 黒部アルペン・ルートの旅


黒部2 2005年9月、ぼくらは、黒部アルペン・ルート観光の
一泊二日のバスツアーに、連休を利用して出かけた。
観光の中心は、有名な黒部ダムである。
北アルプスの険しい山岳の、深い渓谷に作られたダム。
その建設のための難工事の程は、「プロジェクトX」や、
映画「黒部の太陽」などで有名だ。

何が大変だったかというと、本工事よりも、そこに
資材を運ぶためのトンネルを作るのが大変だったという。
しかし、今はそれらのトンネルも、観光用に転用され、
標高2千から3千mの北アルプス、立山連峰の、
雄大な景色を楽しむための、ルートになっている。
国内でも有数の、定番の超人気の観光コースである。

ここは昔、仙台の義父が元気だった頃、行って大感激し、
妻の手を引っ張って再び行き、義母も感激して、次には
義母が友人の手を引っ張って行き、やはり共々、大感激した
というので、ぼくらも大感激する予定であった。しかし…、
大感激の必要条件として、天気が快晴である、というのを
黒部3 忘れていた。義父や義母の場合は、大快晴だったのだが、
ぼくらの場合はというと、朝から小雨混じりの
どんよりとした曇り空だった。
こういう場合、大感激というのは、どーなるか?

出発地点は、富山県の立山町。
そこから、急傾斜のケーブルカー、標高2千mを走る高原バス、
トンネルを走るトロリーバス、ロープーウェイなどを乗り継いで、
その間に、絶景の山岳風景の広がる大パノラマを堪能
するはずであったが、ぼくらの場合はというと、濃霧のために
一面真っ白、なーんにも見えなかった。金返せである。
そうなると、人の多さに、むしょうに腹が立ってくる。
なにしろ、乗り継ぐ交通機関がことごとく満員なのである。
駅は狭いし、外に出ても何も見えないので、余計に混雑するし、
座席に座るためには、早くから列に並ばなければならない。
ふんだりけったり、殴ったりである。

ロープーウェイで真っ白なガスの中を降りていると、
テープに吹き込んだ女性のアナウンスが、
「今日は残念ながら、何も見えません。残念でした」と言う。
どうも、快晴の場合と、残念バージョンと2種類を
黒部5 用意していて、係が、どちらかのボタンを押すらしい。
今日は、迷うことなく、残念バージョンを押したようだ。
「またの良い日の、お越しをお待ちしております」と言われ、
腹が立ったが、山の景色の観光は、天候次第で、限りなく、
最高と最低に別れるもんだと思った。

ただ、その最後に、すばらしい感動が残っていた。
アルペンルートは、長野県の扇沢で終るのだが、
そこからツアーバスに戻り、姫川という広い河川敷を持つ
川沿いを、新潟県の糸魚川市へと、バスが走る。
じっと眺めていると、これが素晴らしく深い峡谷なのである。
後ろの座席の男性も、隣の妻に「なんかすごいよ、ここら辺!」
と語りかけている。眠っている妻を起す価値のある風景なのだ。
すると、バスガイドが説明した。
「実は、この姫川は、日本を東と西に分ける、分断地層と言われる
有名なフォッサマグナの、糸魚川―静岡構造線に、ピッタリと
沿っています」というのである。

日本海がやっと出来上がる頃の、数百万年前の時代、
南西日本と東北日本の別々の大きな島が、ねじれながら
接近してぶつかり、日本列島になるのだが、
その接点が、糸魚川の辺りなのだ。そして、その前に、
黒部4 そこには、ヒマラヤ山脈がスッポリと入ってしまうくらいの
6千mの大海溝があったのである。
そこを両側の土砂の堆積と、火山のマグマで埋め尽くして、
日本列島が繋がったというわけだ。
その名残りが、糸魚川―静岡構造線であって、
その西と東では、地層地質はもちろん、植物の植生や、昆虫の
種類に至るまで、微妙な隔絶がある。
その姫川沿いをバスは走っている。
ぼくは静かに感動した。

新潟から磐越道に入ると、日が暮れて真っ暗になった。
後は東北自動車道に入って、帰るだけである。
すると、バスツアーで恒例の、ビデオの時間である。
昔は、寅さんシリーズだったが、いまはもっぱら、
「釣りバカ日誌」のシリーズである。ただ、これが実に困る。
おもしろくもないし、観たくもないのに、馬鹿でかい音量で、
バス中に流される。眠ろうにも眠れない。
九州の西鉄バスのバスツアーでは、イヤホンが付いていて、
観たくない人は、静寂を選べたが、こちらでは、
否応なく音を聞かされる。なんとかして欲しい。

それにしても、未知の土地に行くというのは楽しい。
黒部ダムのこと、宿泊予定の富山市の歴史など、
あれこれ調べると、旅の期待が膨らんでくる。
黒部6 その土地のことを何も知らなかったことが、逆に
うれしくなってくるのが、不思議だ。
そして、そういう場合の情報集めに活躍するのが、
インターネットの検索である。
ネット上には、有り余るほどの情報がある。
これだけは、ほんとに便利なもんだと、しみじみ思う。
パソコンの価値の最大は、メールと検索だと思う。
(2005年)


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