石の2 幻のカニ…モクズガニ


モクズガニ1 福岡時代、最近はおいしいカニがないなあ、昔のカニはもっと
うまかったのになあと嘆いていたら、マンションのお隣さんが
「ツガニ」という川蟹をくれたことがある。これが美味くて
ビックリした。形は海のカニよりも小さいのだが、カニミソが
驚くほど美味い。カニミソといえば、毛ガニのそれが絶品だが、
別種の美味さである。九州ではツガニというが、
全国的には「モクズガニ」と言う。

日本中の川にいるが、全くの野生なので、捕獲量も少なく、
ほとんどが地元で消費され、町中の市場やスーパーで売られる
ことはない。だから売られている場合でも、田舎の物産店で
晩秋に限って少量出回るくらいである。
とにかく活きがいいカニである。バケツに入れて置いていても、
すぐによじ登って、あっという間にどこかに行ってしまう。
逃げ足が速いのでとにかく油断がならない。というわけで、
ゆでる時には、しばらく鍋の蓋を押さえておかなければならない。

モクズガニ2 その後、仙台に引っ越して、東北の山間の物産展で見かけて、
「おお!あるじゃないか」と喜んで買って帰り、ゆがいて食べてみたが、
どうもあまりうまくない。東北の十数年で2、3度しか出会わなかったし、
その度に買ったものの、やはりあまりうまくない。不思議である。
福岡でのお隣さんは佐賀県の玉島川で採ったものを分けて
くれたのだが、そこで育ったツガニが特別にうまいのだろうか?

後で知ったのだが、佐賀の唐津市・浜玉町には、その味を
求めて全国から食通が通いつめる有名な「飴源」という
ツガニの専門店があるそうだ。創業160年だという。
そうだったのかと思う。福岡にいる間に行っときゃよかったと思った。
ちなみに、玉島川の鮎釣りは万葉集にも詠まれているという。

そのうちに、あることに気が付いた。
中国大陸で高級食材とされ、絶品とされているものに「上海蟹」
というのがある。それが実はモクズガニだという。正式名が
「チュウゴクモクズガニ」というから、そのままではないか。
あちらでは、その季節になるのを待ち望んでいて、家族一同で
それを食べるために食堂に押しかけるという光景が有名である。
その有名な「上海蟹」が実は、モクズガニだったのである。

モズクガニ3 と思っていたら最近、山形県に、中国からこちらに嫁いだ姉妹が
山間の池で養殖した上海蟹を食べさせる店が出来たという。
おお!行ってみようではないか、食べてみようではないかというわけで、
ぼくらは山形県の寒河江(さがえ)市までドライブしたのである。
その店は田園の真ん中にデカイ看板を出して営業していた。
駐車場が舗装していなかったので、まだ出店したばかりなのだろう。
店に入る客も多く繁盛していた。従業員は皆、中国語を話している。
さっそく上海蟹の一匹蒸しと唐揚げを注文し、ビールも注文した。
そして、どれどれと食べた。しかし、一口食べて妻が「何これ?」と
言った。ぼくも食べて首をひねった。
どちらも全くおいしくないのである。まるでカニの味がしないのである。
養殖の仕方が悪いのか、よくこんなカニを出せるなと不思議だった。
この店は多分、すぐにダメになるだろうと思った。

案の定、しばらくして上海蟹の看板を下ろし、普通の中華料理店に
なってしまった。うまくないんだから当たり前だ。
そのうち伝わって来た話では、上海蟹は2005年に特定外来種
に指定されて、稚魚やナマでは輸入されるのが禁止されたそうだ。
というのも、ものすごく繁殖力が強くて、欧米などで増え過ぎて困る
らしいのだ。わかる!わかる!あのエネルギー!バケツを安々と
乗り越えて、ものすごいスピードで走って逃げてゆくんだもん。
モクズガニ4 生命力だってすごいだろうと思う。稚魚の輸入ができなくなったから
山形での養殖も出来なくなったのだろう。

ちなみに、本場の香港や上海でも、野生の上海蟹は元々生息して
いた汽水域の川などの汚染が進み、本来の味のモノが獲れなくなって
いて、最近は偽物が横行しているという。つまり、人工池で飼育して
いるらしいのだが、味は極端に落ちる。だから、香港や上海に行っても
本物を食べることが最近は難しいという。

というわけで、モクズガニに関しては、福岡の隣人から頂いた
ものが最高の味であり、どうやったらあれと同じ味のモクズガニ
が東北で食べられるのか全くわからない。ということで、未だに
幻のカニなのである。
(2011年7月)


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