石の2 ニューヨーク、9.11テロ


ニューヨーク1 あのニュースが日本で流れたのは、夜の11時頃だった。
ぼくは久米宏の「ニュースステーション」を見ていたが、
「ではまた明日」と、小宮悦子が言おうとした時、
突然、荒い画像で、貿易センタービルの高層階が
燃えて黒煙を出している映像が、出たり消えたりした。
何か混乱しているらしい。
そして、小宮悦子が、とまどいながら、
「ニューヨークの世界貿易センタービルで火災が
起きたようです。詳しくは、この後の番組で…」
と言ってすぐCMになった。

ぼくはすぐにNHKにチャンネルを変えた。
同じ映像が繰り返し流れていて、アナウンサーが
「飛行機が突っ込んだようで…炎上している…」
「飛行機はセスナではなくて、旅客機だそうです」
何?!旅客機がニューヨークの高層ビルに突っ込む?
さすがに、これはただ事ではないと思った。

一階の居間からのんびり階段を上ってきた優子に、
ニューヨーク2 「これ見ろよ、映画じゃないぞ!」とぼくは言った。
優子もさすがに棒立ちになった。
しばらくすると、2機目が隣のビルに突っ込む映像が
流れた。何これ?
「これって、単なる事故じゃないぞ」
民放にチャンネルを換えると、もうどこの局でも、
同じ映像が繰り返し流れ、アナウンサーが
ニューヨーク駐在の報道員を呼び出し、
引きつった表情の顔から「テロ」という言葉が、
さかんに飛び出していた。

「テロだよ!」とぼくは、妻に向かって言った。
「旅客機が同時に、二つのビルに突っ込むんだから、
こりゃテロだよな!」妻もうなづいた。
画面では、ひどい黒煙が立ち昇っていた。
突然、片一方のビルが崩れ始めた。
「おい!見ろ、崩れ始めてる!」
「へ?」
ニューヨーク3 現地で早朝とはいえ、あのビルの中には相当数の人が
いるはずだ。フロアにもエレベーターにも。
なんか、すごい出来事ではないのかと、思ううちに、
やがて、もう一方のビルも崩れ始めた。

アメリカのニュースキャスターの声を翻訳した内容で、
旅客機がハイジャックされたという、2機。
それが、貿易センタービルに突っ込んだという。
評論家が出てきて、ああいうことは、
操縦技術にすぐれたパイロットでないと
出来ない技だと言う。
とにかく、事故ではない。
ニューヨークの真ん中に黒煙があがっている。
あとは、ただただニュースを眺め続けた。

優子は朝が早いので、やがて寝床に入ったが、
ぼくは少なくとも、午前3時まではニュースを
追い続けて、テレビ画面に釘付けになっていた。
やがて、ペンタゴンにもハイジャックされた旅客機が
突入したことがわかり、その頃には、テレビでも
「同時テロ」という言葉が頻繁に飛び交っていた。

翌日になると、いろんな人がたまたま撮影したという
かなり鮮明なビデオ画像が出回った。
ニューヨークの快晴の朝。青空だった。
その青空をバックに、高層ビルに旅客機が突入して、
ニューヨーク4 オレンジ色の火炎が湧き起こる。
もう、ほんとに、よく出来たハリウッドのCGを駆使した
アクション映画を見るようだった。
しかし、その映像の中では、実際に数百人の人が、
火炎に焼かれ、倒壊するビルの瓦礫によって、
身体をちぎられて、死んでいたのだ。
あれこれ想像すると、いたたまれない気持ちになる。

この事件は後に、アルカイダだの、ビン・ラディンだのが
起こしたテロだとわかるのだが、そういうことよりも、
こういう鮮明な映像によって、大量の人間が死ぬ現場を
見せられたというショックが大きい。
現場にいたニューヨークっ子のトラウマはすごいだろうが、
日本でニュースの映像を見ただけに過ぎない
ぼくですら、少しトラウマになった。

あんな風にして死んだ人の人生って、何だったんだろうか?
とエレベーターに乗りながら、考えてしまうのだ。
エレベーターごと押しつぶされてしまったんだろうな、と
胸がつぶされる思いになる。

でも、よく考えれば、長崎で原爆を落とされた長崎市民は
どうなのか?テレビ中継がなかっただけで、起こったことは
ほぼ似たようなことである。
そのことが海を越えた、誰かのトラウマになったか?
少なくとも、アメリカ市民にとっては、ナガサキの事は、
遠い世界の出来事である。
ニューヨーク5 そういうことを考えれば、9.11とは、アメリカ人にとっては、
初めてのリアルな市民の戦争被害なのだ。
ぼくは、その後も、一週間ほど、インターネットの掲示板で、
ニューヨーク在住の日本人の書き込みを読み続けた。
人が大量に殺されるという、臨場感がこれほどすごかった
事件はめったにないと思う。

人間が生まれてくるというのは、何か意味があると
信じたいのだが、こういう風に死んだ人は何なのか?
アリやチョウチョとどう違うのか?
あまりに映像が鮮明で、きれいだったので、
今でも、そう反復してしまう。

(2001年)

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