石の2 日本人女性のお歯黒


お歯黒1 映画やテレビの時代劇には、時代考証がつきものである。
時代考証がしっかりしていると、作品にリアリズムが生まれ、
品格が生まれてくる。逆に時代考証がめちゃくちゃだと、
たいへん白ける。
NHKの大河ドラマ「新撰組」では、近藤勇と坂本龍馬が
友人というとんでもない設定になっていて、全国から
ブーイングが起きたものだ。ただ、これはNHK大河において、
幕末劇は複雑でわかりにくく、今まで視聴率が低かった、
という点を考慮して、あえて、コミカルな劇を得意とする
脚本家・三谷幸喜を選んだという時点で、予想されたことだった。
だから、多少は時代考証を無視しても、それなりに、
おもしろいドラマに仕上がっていた。

考えるに、もし、厳密に時代考証した時代劇を作るとすると、
江戸時代を舞台にしても、今の日本では考えられない程の
別の国みたいな風景のドラマになるのではなかろうか。

例えば、江戸時代、女性は結婚すると、歯を黒く染めた。
「お歯黒」である。その上に、眉を剃った。
まるで、どこかの未開国の野蛮な風習みたいだが、
リアリズムを追求すれば、そうなる。
実際、白黒時代の古い日本の映画では、その通りにしていた。
例えば、黒沢明の「椿三十郎」では、お歯黒の奥方が登場する。

しかし、美人女優を全てお歯黒にするのは、あまりにもったいないし、
お歯黒2 女優も嫌うというので、やがて、映画においては、お歯黒は消えた。
なにしろ、年を考えれば、吉永小百合も黒木瞳も、大地真央も、
時代劇に出演する時には、眉を剃って、お歯黒にしなければ、
ならないのだから、時代考証の限界がここにある。

しかし、文化史として考えるならば、お歯黒というのは、
日本では、実に2千年の歴史を持っている文化である。
古事記の時代から、大正時代まで続いていた。
記述の始めは、古事記の応仁天皇の頃にさかのぼる。
ヤマモモ、グミ、ビンロウ、などの果実を噛んで染めたという。
インドネシアには、今も同じ風習があるので、どうも南方から、
潜水漁労や、刺青などと共に、縄文時代に渡ってきた風俗らしい。

それ以来、平安時代も、戦国時代も、江戸時代までも、女性の
お歯黒は、高貴さの象徴になった。なにしろ、お歯黒は手間が
かかる。稲作の弥生時代になってからは、労働をしない貴族
しか出来なくなったということがある。だから、平安貴族の女性は
9歳頃から競って、歯を黒く染めていた。紫式部も清少納言も
絶世の美女と言われる小野小町もニッと笑えばみんな、お歯黒
だったのである。
なにしろ、室町時代までは、男性でも、公家や大名
の間で、お歯黒をする者が多かったという。
織田信長に桶狭間で殺された今川義元も、
公家大名であり、眉を剃り、お歯黒をしていたという。

貴族のファッションだった「お歯黒」は、江戸時代になって、
庶民の間で、既婚女性の「身だしなみ」になっていたのだが、
黒船来航により、文明開化となり、欧米人によって、
チョンマゲも、お歯黒も、野蛮な文化だと言われる。
ビックリした明治政府は、明治元年に「お歯黒禁止令」を出す。

ところが、お歯黒は公家が長年、率先してやってきた、
お歯黒3 高級なファッションであり、庶民はそれを真似ていたのだから、
そう簡単に変化を受け入れられるわけがない。
今にして思えば、ニッと笑った歯が全部、真っ黒だというのは、
不気味でしかないのだが、明治維新の前までは、高貴の象徴である。
逆に、真っ白な歯並びは、下層階級の労働者の風景だったのだ。
まさに世の中を引っ繰り返すことになる。
でも、その新しい価値観を入れなければ、西洋にバカにされる。
明治6年になって、明治天皇の妻の昭憲皇后が自らお歯黒を辞めて、
国民に、お歯黒は文明の低さであるとアピールして、やっと
大正時代になって、廃れたという。
お歯黒は、それほど、日本女性の風俗として定着していたのである。

それにしても、なぜ、黒い歯が美しいとされたのだろうか?
これは美の常識とは少し違うと思う。
やはり、誰がどう見たって、白い歯の笑顔の方が美しい。
それが文化のおもしろさ、というもので、人間は、えてして、
美しさよりも、高貴だと見られることを選ぶ場合がある。
見得っ張りというか、その方が生き易いのである。

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