石の2 「オペラ座の怪人」に行ってきた

オペラ1 ぼくはミュージカルに関しては、ほぼタモリと同意見である。演技をして
いる途中になぜ、いきなり歌い出すの?と思って笑ってバカにしていた。
しかし最近、考えが変わった。もう60代後半である。生い先は短いのだ。
一度くらいはミュージカルというものを見てみようかなという気分になった。
映画のミュージカルはいくつか観ている。「サウンド・オブ・ミュージック」は
子供の頃に観たし、大学生時代には「ジーザス・クライスト・スーパー・
スター」というのに感心した。しかし、舞台ミュージカルというのは観たこと
がない。今回、観てみようかと思ったのはそっちである。

なにしろ、女性に人気が凄いらしい。超感動だとか、10数回行ったとか、
これを観なければ人間ではないとまで言うのである。劇団四季が「キャッツ」や
「ライオンキング」をやったりする度に、テレビのワイドショーもやたらと騒いで
いる。そんなにすごいならば一度は観てみようと思ったのだ。ではどんな
作品がいいだろうかと調べてみると、「オペラ座の怪人」が最高だという。
しかも、劇団四季が今年の冬にそれを17年ぶりに仙台で公演するというのだ。
ならば、もうこれに行くしかないだろう。妻にそれを話すと「ええ!あなたが
本当に行くの?うそみたい」と言いながらも、すぐに2人分のチケットを手配
してくれた。そしていよいよ行ったのが12月12日である。その時点で1月まで
のチケットは完売だというから、やはりすごい人気である。

ぼくらはS席の13列目だった。理想的な座席らしい。ワクワクしながら始まる
のを待った。やがて、照明が暗くなり大音響のテーマ音楽と共に始まった。
しかしそのうちに気付いたのは、舞台全体が暗い上に、人物にスポット照明
が当てられて劇が進行することが多いのである。ところが、ぼくは鳥目なの
である。薄暗くなると普段の近視の度合いがいっそう進むのである。つまり、
オペラ2 舞台にいる俳優さんの顔が霞んでほとんど見えないのだ。ましてや表情など
は全くわからない。そうか、舞台の芝居というのは、映画が出現する前の古い
エンターテインメントなのだと改めて思った。映画というのはなんと便利なもの
かと思う。なにしろ顔のアップが出来るのだ。

次に困ったのが、ミュージカルだから俳優達は次々に歌を歌うのだが、その
歌詞がほとんど聞き取れないのである。日本語なのに聞き取れないのだ。
帰りの道で後ろを歩いていた女の子達が「字幕が欲しいよね」と言っている
のが聞こえたが全く同感である。映画なら字幕が出せるではないか。
つまり、舞台ミュージカルというのは、歌舞伎と同じで、事前にストーリーを
含め、細かいセリフのニュアンスまで知っておく必要があるのだ。
そうでなければ、全てを楽しむことはできないのである。
歌舞伎でも、演目の中にはものすごく複雑で長い物語があったりするが、
お客はその全てを知った上で繰り返し観るようになり、次第にその中でも
名場面だけを取り上げて、あとは省略してしまうようになった作品が多い。
舞台ミュージカルでも「オペラ座の怪人」は特に古典なので、事前に全てを
知っておいた方がいいのだ。映画のDVDを見ておいた方がよかったかも
しれない。その上でこそ、俳優達の表現力を楽しめるのである。

オペラ3 そして舞台劇の良さというのは、生身の人間が目の前で、情熱的に歌を
歌い、踊ってくれるから感動的なのだ。しかも、そのレベルは並みではない。
元々才能がある人達が厳しい練習の末に上演してくれるのだ。それだけは
本当に感動的である。映画ならDVDで観れば100円で済んだりするが、
やはり生身の人間には1万円払う価値がある。だからコアなファンも多いの
だろう。人によっては「オペラ座の怪人」に数十回通う人もいるという。
劇が終わった後の拍手の中、カーテンコールに対して出演者が繰り返し現れ
るが、客の中には座席から立ち上がって拍手を惜しまない人々も多くいる。
スタンディング・オべーションである。俳優があまりに繰り返し現れるので、
ぼくが苦笑したら、妻が「こういうのが儀式なのよ。礼儀なのよ」と言った。

宝塚などには、女性はもちろん中年男性にもコアなファンがいるという。
有名なテレビ司会者の男性が一度観ただけで、すっかりファンになって
通い詰めているという話も聞く。舞台ミュージカルにも、ひょっとしたら
そういう魅力があるのかもしれず、虜になってしまうかもしれないと、ぼくは
密かに怖れていたのだが、残念ながらそうはなりそうもない。
おもしろかったが、もうこの一度だけで結構である。
(2018年12月)

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