石の2 映画「ペコロスの母に会いに行く」


ペコロス1 映画「ペコロスの母に会いに行く」が2013年度のキネマ旬報の
ベスト・ワンに選ばれた。日本アカデミー賞では候補作にも上がらず
上映も大手の映画館ではまともな扱いをされなかったにも関わらず
是枝裕和監督の「そして父になる」や、宮崎アニメ「風立ちぬ」
などを抑えての堂々の第1位という快挙であった。

原作は、長崎在住の漫画家・岡野雄一さんによる、4コマ漫画を主体にした本
である。62歳になる岡野さんが、認知症になってしまった89歳の母を、自分は
仕事もあるので、しょうがなくグループホームに入れてしまい、時々会いに行く
という内容だが、その母や亡き父の若い頃のエピソードを織り込みながら描いた
物語には、詩情とペーソスがあって、笑えて泣けてどうしようもない。
西日本新聞社から発行されたこの本は、次第に話題になり、それがNHKの
番組で取り上げられると、大手新聞でも紹介され、やがて全国的にも知られるよう
になっていった。それを妻の優子がどこからか聞きつけて、この本を買ってきて、
そのおもしろさに二人で感心し、優子は本を知人にも送ったりしていた。
そのうちに、この作品が映画化されることも知った。長崎が舞台であるから、
もちろんぼくは喜んだが、優子は「これは、この人の漫画だから味わいがある
のであって、実写化はどうかしらねえ…」と首を傾げていた。

という間もなく、テレビではその映画の予告編のCMを流すようになっていた。
するとその監督が森崎東であるという。ぼくは「それなら大丈夫だ」と思った。
ぼくは大学生時代にこの監督の「喜劇・女生きてます」という映画を観たことが
ある。最近のアイデア勝負のような映画ではなく、しっかりした人情喜劇を
撮れる監督である。山田洋次と親しく、寅さんシリーズの3作目は、この人が
監督している。86歳になる老監督である。そして、経歴を見ていてビックリした
のであるが、なんと長崎出身なのである。ますます楽しみになった。

主人公のペコロスであるが、ペコロスというのは小タマネギのことであり、
丸ハゲになった頭を指して岡野さんがそう自称しているのである。その岡野さん
を演じる岩松了というのは聞いたことがなかったが、劇作家、演出家兼俳優で
この人も長崎出身だという。そして認知症の母を演じるのが、赤木春恵さんで
88歳。最高齢の主役というので、ギネスものとして話題になった。
そして、母の若い頃を演じるのが原田貴和子で、その親友を原田知世という
長崎出身の姉妹なので、長崎人のぼくとしては、これは長崎を舞台にした映画
としては出色ものではないかと期待したが、果たしてその通りだった。
長崎を舞台にした映画というと、さだ・まさし原作の一連の作品や、原爆が
落ちる前日を描いた「明日・TOMORROW」などがあるが、時折、俳優の長崎弁
が下手でがっかりすることがある。その点、この映画はほとんど完璧だった。
特に、原田貴和子が台所で振り返って「何ね?」というセリフのイントネーションは、
長崎人でしかわからない微妙なものだった。

ちなみに「ペコロスの母に会いに行く」という題名だが、これも長崎弁である。
標準語で考えると「誰が?ペコロスの母に会いに行くの」となるのだが、
この題名を標準語に翻訳すると「ペコロスが母に会いに行く」なのである。
長崎弁では「あの人が…」というのを「あの人の…」と言うことが多い。
これではわかりにくいというので、映画化に先立ってNHKでテレビドラマ化
された時には「ペコロス、母に会いに行く」という題名になっていた。

ペコロス3 さて、それでぼくらも遂に映画を観に行ったのである。
期待にそぐわぬ良い作品に仕上がっていた。下手な感傷もなく、わざとらしい
会話もなく、それでいて笑わせてくれて、最後はファンタジーになっていた。
森崎東が長崎出身だというだけあって、長崎の街をどう撮影すれば、より長崎の
特色を出せるかという点にも優れていたと思う。
そして、最後のランタンフェスティバルの夜に、眼鏡橋で、時空を超えて、仲の良い
同志が集まるショットには本当に泣けてくるのであった。

この作品は、キネマ旬報のしばらく後に、「映画批評」という雑誌でも2013年度の
ベストワンに選ばれた。この雑誌は、毎年、ベストテンとワーストテンを選んでおり
日本アカデミー賞でベストワンに選ばれた映画でも平気でワーストの部類に入れて
しまうような辛口の雑誌である。そこでも評価されたのが嬉しかった。
これは、森崎東という老監督に敬意を表している意味もあるのかもしれない。
そして、妻も長崎の母や妹達も、この映画を観て、よかったよかったと言っていた。
(2014年3月19日)



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