石の2 飛行パイロットの育成費用


74711 2007年2月、経営の苦しい日本航空で、39歳の現役パイロットが、
同僚の女性宅に、色恋沙汰で、盗聴器を仕掛けた罪で逮捕された。
同社最大のジャンボジェット機、「ボーイング747―400」の操縦士であり、
年収2000万円だったのに、あえなくクビである。
この年は日航の経営も苦しく、再建のために社員のリストラを断行し、
社長も、その痛みを自分も分かち合うと宣言し、
自らの年収を960万円に下げた年でもある。結果としてパイロットは、
社長の2倍もの年収を、くだらない行為で棒に振ったわけである。

ところが、彼の免職は日航側にとっても、大きな痛手だったという。
なにしろ、ジャンボ機747の操縦士を一人前に養成するためには、
1億6000万円もの育成費がかかるそうなのである。
それだけかけて育成した操縦士を、数年働いてもらったとはいえ、
こんなつまらない事件で失うのでは、
航空会社にとっても、痛い痛い損失のはずである。

このニュースを聞いて、太平洋戦争時のゼロ戦パイロットで、
撃墜王・坂井三郎の「零戦の真実」という本を思い出した。
米軍機を大小64機も撃墜しながら、戦争を生き残り、
戦後には、アメリカでも「空の英雄」として尊敬された人である。
彼が著書で言うのだが、アメリカはパイロットを大事にしたが、
日本軍は、パイロットを消耗品のように扱ったと嘆いている。

例えば、アメリカの場合、パイロットがどこかに不時着すると、
潜水艦がすぐに回収に向かったが、日本軍の場合は、
747その2 救助に行くどころか、そこが敵地であった場合、
ほとんど、戦死扱いになったそうなのだ。
これはつまり、日本軍の戦陣訓にある
「捕虜となって生き恥をさらすな」という教えだった。

しかし、最前線の現場にいる指揮官たちの考えは違った。
戦闘機乗り一人を育てるのに、どれだけの時間と石油を
使うかを実際知っているわけである。
日本は、石油の供給をアメリカから止められて、仕方なく
戦争に踏み切ったわけで、石油は血の一滴にも相当する。
操縦士を育てるためには、それを大量に使うのだから、
人材は何より大切である。だから、現場の指揮官達は、
戦陣訓に反して、「むやみに死ぬな」と言ったのだ。

ところが、と坂井三郎は言うのだ。
ある日、出撃した爆撃機が一機、敵の領内に不時着するも、
運良く、南方の原住民の導きでクルー8人とも無事生還した。
現地では大喜びしたが、内地の大本営では認めないという。
敵領内での被爆墜落である以上、戦死であると決定しており、
それをくつがえすことはできないという。
軍といっても、上層部はほとんど役人根性そのままだったのだ。
747その3 彼らには死んでもらえと、内密に命令が来た。

結局、8人のクルーは、その後の出撃の度に、最も危険度の高い
配置につかされるが、なにしろ熟練のパイロットばかりなので、
打ち落とされずに、毎回、きちんと仕事を終えて帰ってくる。
業を煮やした大本営は、冥土のみやげにと、彼らに新品の
爆撃機を与え、今度はどこでもいいから、体当たりして死ねと
命令したという。で、彼らはしょうがなく突っ込んで死んだ。
まことにもったいない話である。
戦争の元々の原因は、経済戦争にあったのだから、
その経済を無視して、合理的なアメリカに勝てるわけがなく、
あの戦争は、負けるのが必然だったのだ。

それはともかく、今回の日航機の機長は、ライセンスは剥奪されない
ものの、関係会社の地上勤務に回されるか、待遇をかなり落として
海外の航空会社のパイロットに雇われるしかないという。
一方の被害者の女性客室乗務員は、年収1000万円で、
事件後は、こっちの方が相対的に上になるそうである。
せっかく、パイロットが大切にされる時代が来たというのに、
何をやっとるのか、この男は…。


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