2の石 仙台、「炉ばた」という店がいい


仙台の居酒屋で、最も仙台らしい雰囲気を味わいたい
 と思うならば、この店だ。店の名前は「炉ばた」。
 日本における「炉端焼き」という名前の発祥の店だという。
  国分町という、仙台の有名な歓楽街の、
 小さなビルの奥まった一角にある。小さな店である。

 カウンターばかり、ギュウギュウに詰めて20席くらいで、
 そのカウンターに囲まれた中に、三畳ほどの畳の間があり、
 長火鉢を置いて、女主人が、どんと座っている。
 その夜はぼくらが入って満員だった。

炉端

 女主人は、仙台弁を交えて快活に話す人だった。
 まずは「おばんです(こんばんは)」
 と、にこやかに迎えてくれる。
   入った時から、客同士の雰囲気が和気合い合い。
 その夜は、テレビ東京の取材が入っていたので、
 なおさらだった。「アド街ック天国」という番組だという。
 熱燗のとっくりを、長いヘラに乗せて差し出すところを撮ったり、
 お勘定を、と言われて、女主人がそろばんを弾いて、金額を
 小さな経木に筆で書いてヘラで渡すところを撮ったりしている。
 カメラクルーが「すみませんが、もう一回」と注文を出したりすると、
 「じゃ、テレビ東京のおごりね」
 などと軽口があちこちから飛び交って、にぎやかだった。

 途中、カメラクルーの一人が、カウンターに出されている
 ビールの銘柄がアサヒであることに気付いて、あわてていた。
 実は、番組のスポンサーがサントリーなのである。
 みんなで、ビール瓶を隠して再収録。
  最後に、勘定を終えた客を女主人が
 「おみょうにち、お静かに」という独特の仙台弁で見送り、
 (明日が平安でありますように、という意味)
 カメラクルーが「終わりました」と言った時には、店内みんなが
 オオー!と叫んで、拍手、拍手の渦だった。

きくさし   ただ、撮影の合間も、ぼくらは飲み食いをしていたわけで、
 熱燗の酒を飲みながら、いろいろと食っていた。
 郷土料理の他にも、珍しいメニューがある。
 例えば「きくさし」。魚のタラの生の白子。
 北ならではの味で、臭みはなくて甘い。
 そして、「ふじ壺」。まさか、海岸の岩にビッシリ生えている、
 あのフジツボではあるまいと思ったら、まさにそれだった。
 しかも、一個が5センチもある。
 ゆでて、爪の先にある小さな肉を食う。これが、うまい。
 元々、フジツボというのは、エビ、カニの類なのだから
ふじつぼ  うまくて当たり前。それにしても、この大きさは何だ。
 青森県の陸奥湾で自生するのだという。潜って捕るもので
 市場にはほとんど出ないという。珍しいもんを食った。

  取材陣が帰った後も、その女主人が場をしきって、
 にぎやかだった。ぼくらも他の客との会話に加わったりした。
  優子に言わせると、その女主人の仙台弁がとても
 きれいな仙台弁なのだという。
 一個一個の言葉ではなくて、語る抑揚、話すメロディーが
 仙台弁なのだという。ほお。小さな店だが、郷土色があり、
 ここに仙台がありというような、すごくいい店だった。
 今度、九州から客が来たら、ぜひ、ここに連れて来よう。
  ただ、残念だったのは、この取材に来てた
 「出没、アド街っく天国」というテレビ番組は
 仙台では放送されない。というのは、仙台には
 「テレビ東京」のチャンネルがないのである。
(1996年)

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