石の2 人類の進化は精神世界で起こる?


進化1 2012年5月のNHKスペシャルドラマの「未解決事件」シリーズで、
「オウム真理教」のことをやっていた。それが未解決という理由は、
あれだけの殺人を起こした組織の首謀者として、麻原彰晃が何も
真実を語っていないというのである。死刑は当然だが、その前に、
すべての真実を聞きたいと、マスコミは被害者の代弁者のように言う。
しかし、大方の真実は既に語られているのではなかろうか?

まず、麻原個人については、金儲けをして組織の親分になりたかった
だけのことに過ぎない。そして、オウム真理教を組織したことについて
は、1980年代というのは、世界中の若者の多くが精神世界にとても
興味を持ち、夢を見ていたのであり、その気分に便乗したのである。
ぼくも当時の若者であり、しかも精神世界には、かなり凝っていたので、
その気分はよくわかるのだ。キーワードは「人類の進化」である。

1960年代から80年代にかけての若者にとって、青春とは権力に
逆らうことであり、反体制であり、今の若者よりもずっと社会の変革に
積極的だった。今の自分の時代は何かへの過渡期だと考えていた。
なにしろ、その20年くらい前に、大人の年代が起こしたのが、世界大
戦であり、原爆の製造であり、その結果としての、米ソ対立による
核戦争と人類の滅亡に怯える社会である。そんな社会がまもとな
わけがない。とにかく何かの変革が必要だった。

その結果、まず学生に流行ったのが共産主義革命への傾倒である。
しかしそれは、権力国家となったソビエトを目指すのではなく、もっと
根源的で、世界同時革命のような理想主義だった。それを夢想して
一時、欧米や日本でさかんになった学生運動だが、やがてそれは、
国家の権力に抑えられてしまう。
そして、その権力の最たるものがアメリカの軍事力だとわかると、
若者はアメリカが介入しているベトナム戦争に反対する反戦運動を
進化2 行い、反戦フォークが世界中でブームになった。
それでも体制が強固だと感じると、今度は、体制からのドロップアウト
を目指すようになった。髪を長く伸ばしたヒッピーと言われる若者達が
カリフォルニアを中心に「フラワーチルドレン」と呼ばれ、とにかく体制
の歯車になるのを気分的にではあるが拒んだのである。その若者達を
応援するような形となったのが、ザ・ビートルズの新しいロック音楽であり、
芸術活動だった。世界中の若者が熱狂し、影響された。

その頃、1969年に、ブロードウェイで「ヘアー」というミュージカルが
大ヒットした。ロック音楽が主体の、ロック・ミュージカルである。
ヘアーは長髪であり、反体制と同義語である。キリストというのは、
当時の体制に逆らった人間であるので、そういう意味で、ヒッピーと
同化して描かれたミュージカルであり、それゆえ大ヒットしたのである。
注目すべきは、その挿入歌で大ヒットした「アクウェリアス(水瓶座)
という曲である。フィフスディメンションという、当時、大人気のグルー
プが歌って全米でも大ヒットしたのだが、その歌詞が象徴的である。
「時代が大きく変わろうとしている。今こそ、銀河系が水瓶座に入ろう
としている。この今の時期こそ、夜明けの日々なのだ。」
水瓶座の特徴は、美、過激、断絶、革命、理想などである。

それまでと少し違うのは、いわゆる神秘学の世界にまで入り込んでい
ることである。ビートルズのメンバーはその頃、インドの瞑想指導者の
下に行って教えを乞うたりしていた。そういう傾向はほぼ、同時発生
的だったと思うのだが、長髪にしてジーパンを掃き、Tシャツを着てい
た若者の多くが神秘学やら、超能力やら、霊的世界や、宇宙人との
交信というものに次第に興味を持っていったのである。

巷ではUFOブームが起き、ハリウッドでも「E・T・」やら「未知との遭遇」
などの映画がヒットしたし、インドの瞑想指導者の本が次々と出版され、
ドイツの神秘主義者・シュタイナーの教育論や、「死後の世界」を
臨死体験者から聞き取りしたキューブラ・ロスの本や、立花隆までも
進化4 が「宇宙からの帰還」などの著書を出して、見えない世界の存在と
いうものを探り始めていた。

そして、ほぼ同時にカリフォルニアを中心に出現した、先鋭的な人類
学者達がいて、彼らは超常現象を肯定し、それを自然現象として
説明しようとしたが、その現象の多くが、精神が物理に影響することを
前提に証明しようとしたために、いささか怪しげに、ニューサイエンス
と言われた。そして、その中心にいたのがライアル・ワトソンである。
彼が科学評論家として様々な事象を解説して世界的なベストセラーと
なったのが「スーパーネイチャー」だが、やがて「生命潮流」という著書
に載せた「百匹目のサル」という逸話が有名になる。
それはこういうものである。

日本の宮崎県の沖に幸島という小さな島があり、そこにはたくさんの
自然のサルが住んでいた。ある時期、大学の研究者がその生態を
探るために、島に行く度にサツマイモを与えていたが、
ある時、一匹のサルがイモを海水で洗って食べるようになった。
ほお!と感心していたら、塩分がおいしいらしく、少しづつ他のサルに
も真似する者が増えていった。そして、ある日、臨界点が訪れたので
ある。99匹目までのサルが同じことをやっていても、見よう見まね
だったが、百匹目のサルが同じことをやった途端に、その島の全ての
サルが同じ行動をやり始め、しかも、それは、海を越えて、他の島の
サル達も一斉に同じ行為を始めたというのである。

つまり、意識というのは、ある一定の臨界点を超えると、物理の限界を
越えて伝わるというのだ。そういうのを普通は、超常現象と呼ぶが、
ライアル・ワトソンは、科学的な波動の同調だと説明するのである。
彼は「グリセリンの突然の結晶化」などの例を用いて、波動が起こす
同調の化学現象が多くあり、人間の意識も同じようになると言う。
実はこれが、当時の精神世界に興味を持つ若者達や、やがて教祖
を名乗る者の根本の認識になったのだ。
もちろん、これは昔から多くの瞑想者や霊能者によって認識されて
いたことであるが、ワトソンがニューサイエンスの立場から、波長や
周波数などの科学用語と共に説明したのである。

その後、ぼくらは「あいつとは波長が合う」などと言うようになった。
そして、オーム真理教の信者になるようになった若者達が信じたのも
オームの教えを信じるようになる人間が増えると、いつかはその数が
進化5 臨界点に達し、すると突然、全人類が意識の同調を起こして目覚め、
「あれ、なんで今まで、アホらしい戦争ばかりを繰り返してきたのだろ
う?」と気がつくというのである。もちろんこれは、オーム真理教ばか
りの話ではない。瞑想を主とする多くの新宗教でも認識されているこ
とだと思うのだ。そして、その頃生まれた多くの新宗教では、それこそ
が「人類の進化」だと言うのである。
人類の進化は、今までは頭脳の中だったが、今度は霊的なものとし
ての段階を迎えるという。つまり、肉体を越えた次元だという。

そういう次元が果たしてあるのかどうか?もしあるとしたら、確かめず
にはおれないのが本当の研究者である。立花隆はその意味で本当
の研究者だし、その先鞭をつけたカナダの女性医師のキューブラ・
ロス博士も偉い人である。そして、オーム真理教信者に、東大や京大
クラスの理科系の幹部がいたというのも、その意味でうなづけるし、
彼らは本来は、純粋な学究肌の人間であったのだろう。だから、
人類の霊的な進化という言葉に、世界を変革する画期的な希望を
持ったのである。しかし、その結果が、麻原にそそのかされた単なる
殺人に終わってしまったのは、あまりに一本気過ぎたからだろう。
もうちょっと、いい加減な人間なら、ああはならなかったろうに。
(2013年5月)

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