石の2 スコールの話

スコール1 やはり福岡での話だが、福岡市の郊外に、白砂青松の「生の松原
(いきのまつばら)」という海岸がある。近くには元寇防塁跡の石積み
が残っていて、夏には海の家がズラーッと並ぶ浜辺だが、ぼくらが
行った時には、まだほとんど人がいなかったので、6月だったと思う。
ぼくの目的は投げ釣りのキス狙いであり、妻の優子は、近くにパラソル
を刺して、その陰で読書をしていた。快晴だった。

キスの投げ釣りというのは、仕掛けを沖に投げて置いて、当たりが
来るのをじっと待つのが普通だが、ぼくはそれがもどかしくて、ハゼ
釣りの要領で、投げてはずるずるとリールを巻くことを繰り返していた。
砂低を引きずってくるものだから、やたらと藻がかかる。その場合は
外して、またすぐに仕掛けを遠投するが、それでもその繰り返しで、
キスが何匹かは釣れたのである。キスというのは、実にきれいな
魚である。美しく輝いている。開いて天ぷらにするのが最高である

そして、そのほかにネバネバしたゴチがかかったり、たまには小型の
ワタリガニがかかったり、最後に最も手ごたえのあったのがやってきた。
なんだろうかと、ズルズル引き上げると、なんと小型のエイだった。
エイの尻尾には猛毒があると知っていたので、すぐにナイフで切り落と
した。当時のぼくはアウトドアライフの真っ最中であり、そういうグループ
に入っていたので、いろんな知識もあり、ナイフもそれなりのものを持って
いたのだ。そして、エイの尻尾を切った時だったが、優子が「ねえ、あれ
何?」と彼方を指さした。半島の向こうに、快晴の中、そこだけ黒雲が
かかり、霞んでいる。「雨が降っているのかな?」と思って眺めていると、
やがてこちらにも雲がかかり薄暗くなって、いきなり、ものすごく冷たい風
が吹き始めたのである。突風だった。

スコール2 なんだこれは!と思った瞬間、パラソルが吹き飛ばされた。優子は松林
の下に逃れたが、ぼくはというと、砂浜を転げまくって行くパラソルを追って
走っていた。ただ、どういうわけか無意識なのだが、右手には尻尾を切った
エイを握りしめていたのである。つまり、エイを持ったままパラソルを追って、
砂浜をおそらく50mは走ったのだと思う。後に冷静に考えるとバカだったと
思う。そして、突風に続いて、滝のような雨が降ってきた。これがスコール
だったのだ。
ぼくはびしょ濡れになったし、それが10分くらい続いたかと思う。それが、
10分後にはいきなり止み、またカラカラの快晴に戻ったのである。彼方を
ふと見ると、ひとかたまりの雨雲が向こうに去ってゆく。その他は、どこも
快晴なのである。なるほど、これがスコールというものかと初めて知った。
ぼくはびしょ濡れでエイとパラソルを手に持って、太陽の下、妻の元へ歩い
て戻った。

後に知ったのだが、スコールの時の風を、疾風(はやて)というのだそうだ。
なるほど。ぼくらが子供時代の正義のヒーロー「月光仮面」の主題歌では、
月光仮面のことを「はやてのように現れて、はやてのように去ってゆく」と
歌っている。悪人がいて、みんなが困っていると、さっと現れて悪人を懲ら
しめて、何にも言わずに、さっと去ってゆくのである。だから、疾風なので
ある。戦時中に、とにかく速度の早い陸軍戦闘機が開発されたことがあり、
それに名付けられた名前も「疾風」だった。

スコール3 スコールが去った後、手に持っていたエイをぼくは食べることにした。
松ぼっくりと枝を拾ってきて焚火をし、石ころを集めてかまどに仕立て、
近くに捨ててあった金網をかけ、その上にエイを置いて焼いたのだ。
表面は黒焦げになったが、その表皮を剥がすと、きれいな白身で、
食べてみると、これが実に上品な味で、美味い。エイというのは実に
おいしいということを初めて知った。エイのヒレというのは干してから
あぶると絶品の酒の肴になることが有名であるが、エイの肉も、実は
福岡のスーパーで「安い魚肉」として、時々売られていたのである。
ただし、エイの肉は時間が経つとアンモニア臭がするので、酒に
漬けたりして匂いを消し、煮物にするなど工夫がいるという。しかし、
釣りたてのエイを焼いたものは、何の匂いもしないし、美味だった。

そして東北に来て知ったのだが、北海道ではこのエイの肉が
「カスベ」という名前で普通の食材として売られていて、煮物や
唐揚げにすると美味いということで人気があるという。
(2017年6月)

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