石の2 東京の立食いソバが大好きだ

立ち食い1 東京はとにかく、蕎麦が美味いと思う。昔ながらの老舗のお店は
もちろんうまいが、そこら辺の立ち食いソバもうまい。といっても、
東京の蕎麦の麺自体がおいしいわけではない。立ち食いソバの
麺なんて、一度ゆでたものを置いといて、再び1分くらいお湯に
漬けてどんぶりに入れて、後はツユをかけて出すだけである。
それでも美味い。ぼくが思うに、蕎麦なんて、元々何の味もしない
ものであり、あれはツユで食べるものだと思っている。だから、
要するに東京の蕎麦ツユが美味いのだ。

ぼくは東京でサラリーマンをやっていた頃、昼食には、よく町の
あちこちにある立ち食いソバを食べては、東京には、こんなに
安くておいしい食べ物があるんだと、感心していたのである。

それで、次に夫婦で福岡に引っ越すと、同じような立ち食いソバ
を探したのだが、東京に比べて、まずほとんどない。なによりも、
福岡は「うどん文化圏」なのである。うどんを出す店で、蕎麦も
出したりはしているが、その蕎麦ツユがちっともうまくない。

なぜならば、東京と九州では醤油の味が全く違うからである。
九州の醤油はとにかく甘い。そばつゆは、醤油がきりっと辛く
なくてはうまくないので、九州には蕎麦文化が発達しなかった。
だから、東京の蕎麦は福岡では食べられないのだった。
ああ、東京の蕎麦を食べたいと思った。

立ち食い2 ただ、福岡のうどんのツユは、それ自体はものすごく美味い。
醤油はほとんど使ってないので、色は薄いが、とにかくダシ
が濃くて、旨みが凄い。そして、うどんというと、四国のうどんが
コシがあって美味いと全国制覇しているように見えるが、福岡の
うどんにはコシが全くない。タモリが「うどんにコシは要らない」と
宣言して有名になったが、福岡のうどんはとにかく柔らかいのだ。
実はぼくも、そっちの方がおいしいと思う。コシなんてどうでもいい。
ということで、しばらくは東京の蕎麦を忘れて、福岡のうどんを楽し
んでいたのだが、今度は仙台に引っ越すことになって、東日本だし、
東京風の蕎麦を食べられるかもしれないと、ひそかに期待した。

そして仙台に来た。おお、けっこう立ち食いソバの店があるでは
ないか。そこで、東京風の立ち食いソバの味を期待して、食べて
みたが、ん?どうも味が薄いというか、旨みが薄いのである。
あちこち食べ比べても、とにかく旨みがない。醤油は東京と同じ
キリッとしたものを使っているのに何でだろう?と不思議だった。

立ち食い3 その後、仙台や東北のあちこちの飲食店を食べ歩いた結果、
わかったのは、東北全般の味の嗜好が、汁物に関しては、
ものすごい薄味だということだった。仙台で一番人気の老舗の
おでん店「三吉」に行った時には、店主が秋田出身ということだ
ったが、おでんの汁がほどんど、お白湯みたいなのである。
ダシの旨みを濃く取る九州なら、すぐに倒産しているはずである。
その後も、老舗の寿司屋で、何の味もしない汁物とか出されて、
わけがわからなくなった。どうも味の嗜好が違う。東北ではダシを
ロクに取らないのである。

ということで、ぼくには未だに、東京の立食いソバへの憧れが
残っている。以前、仙台から東京へ一泊で新幹線を使っての
格安旅行に夫婦で行った時、東京駅のホームで出発時間を
気にしながら、とにかく「東京の立食いソバ」を食べたいと思い、
駆け込んで食べたことがあった。腕時計を見ながら食べて、
もうダメと思って、店主に「もう時間が来たから残します、とても
おいしかったです!」とテーブルに置いたら、店主がうんうんと
頷いて笑っていたのが記憶に残っている。
(2017年12月)

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