石の2 美しい歌声・倍賞千恵子


千恵子1 ぼくの世代は、高校生時代は、洋楽ならばザ・ビートルズを聞き、
大学時代には吉田拓郎とか井上陽水などのフォークにしびれ、
社会人になってテレビで「ザ・ベストテン」を毎週観ていた頃は、
山口百恵や松田聖子などを喜んで聞き、もう少し大人の女性と
しては、松任谷由美や、中島みゆきなどに陶酔していたのだが、
今になって「この人こそ、最高の女性歌手だ!」と思うように
なった人がいる。それは倍賞千恵子である。

映画のフーテンの寅さんシリーズで、妹のさくらをやっていた女優
である。1941年生まれなので、もう70歳を越えているが、有名に
なったのは山田洋次監督の映画「下町の太陽」からである。
映画もヒットしたし、彼女が歌う同名の主題歌も大ヒットした。
これ以後、山田洋次は彼の作品に常に彼女を起用するようになる。
寅さんシリーズがそうだし、名作「家族」や、高倉健との「幸せの黄色い
ハンカチ」などでも庶民的な女性を演じている。その映画の中では、
どちらかといえば、おっとりした役柄だが、本人はもっとチャキチャキ
した性格だという。なにしろ、この人の妹が、倍賞美津子である。

「下町の太陽」で歌手デビューすると、レコード大賞新人賞を取り、
NHK紅白歌合戦にも出場し、その後も歌手としてシャンソンの
「さよならはダンスの後に」をヒットさせ、NHKの朝ドラマの「おはなはん」
の主題歌も大ヒットした。歌手としての倍賞千恵子については、その
くらいのことは知っていたが、たまにNHKの歌謡ショーに出るくらいで、
「ザ・ベストテン」に出るわけでもなし、歌手としては、次第に
薄い存在になり、マイナーな人だと思っていた。

その彼女を久しぶりに見たのが、パソコンのネット上でのYouTube
である。何かで「下町の太陽」に行きついたのだが、その右側には
この人がその後、歌手として歌った様々な曲が並んでいるのである。
それをクリックすると、それが一々映像として音楽と共に鑑賞できる。
ぼくはYouTubeとは、なんと素晴らしい機能かと感心すると同時に、
倍賞千恵子の曲を次々にクリックして、いちいち聞き惚れてしまい、
この人の歌声がなんと素晴らしいのかということに改めて、気付いた。
こんなに透明な柔らかな伸びのある声を出す人はめったにいない。
しかも、特筆すべきなのは、その日本語の発音の美しさである。
だから、彼女に日本の美しい歌を歌ってくれと注文が殺到したわけが
とてもよく、わかるのだ。
それがYouTubeの中にたくさん並んでいる。
「さくら貝の歌」「忘れな草をあなたに」「あざみの歌」「北上夜曲」
「浜辺の歌」などは秀逸である。

そして、デビューしたての若い頃の彼女の美しさは、例えようが
ないくらいに美しい。妖艶なとか、整っているという範疇を越えた
美しい人である。寅さんシリーズに妹として出る姿は、下町の庶民
なので、化粧っ気はなく、そこら辺のお姐さんだが、歌手として、
ステージに立つ時は、ちゃんと化粧もしてとても美しい。気品のある
美しさであって、こういう美しさは今は、希有である。

そして、YouTubeでは、年配になってからテレビの歌番組に
出演して歌う彼女の姿もあるのだが、どんな歌でも、とても
素直な歌い方をする。年配の歌手の場合、自分のヒット曲を
久しぶりに歌う場合、昔のままの歌い方をせず、わざと音を
ずらしたりすることがよくある。本人は昔のままに歌うのは
進化がないとでも思うのかもしれないが、聞く方は、どうして
ヒットした頃の通りの歌い方をしてくれないのかとガッカリする
千恵子2 ことが多い。しかし、倍賞千恵子の場合は、そういうことは全くない。
この歌詞の日本語の響きには、こういう歌い方が一番きれいに
聞こえるということを良く知っていて、ひとつひとつの歌をとても
大事にしているのだ。

そして、そういう彼女のファンが、彼女の歌に独自の映像を
つけて、実に素晴らしいイメージビデオをYouTubeに上げている。
しかし、著作権の問題があるらしく、それらの優れた音楽映像は
次々に消されていった。残念である。しかし、よく検索していくと、
あちこちにその映像は残っている。ぜひとも、聞いてもらいたい。

とにかく、日本で一番、日本語の発声がきれいな歌手であり、
その上に透明できれいな歌声を持つ人であり、だからこそ、
多くの人から望まれて、日本固有の唱歌を多く歌った女優兼歌手である。
彼女は作詞作曲などをするアーチストではないし、歌唱力を誇る歌手
でもないが、その歌声で名曲を歌えば、それだけで、多くの人を魅了
する存在だとぼくは思う。今の若い人にもぜひ、聞いてもらいたい
(2013年秋)

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