石の2 遠野物語


遠野14 東北にいる限り、ここには行かんばならんやろ
と思っていたひとつが、岩手県遠野市である。
なにしろ遠野市といえば、
明治時代に、我が国における民俗学を起こした
柳田国男の名著、「遠野物語」の舞台である。
おしら様やら、座敷わらしやらの妖怪、妖精の
伝承が色濃く残っていた地方である。神秘的である。
夏のある日を選んで出かけた。

晴天を選んでドライブしたのはいいが、遠かった。
岩手県というのは、その一県だけで、
四国4県に匹敵する面積を持つという。
南北にも東西にも、うんざりするほど走らされた。

ただ、北海道に次いで人口密度が低いので、
広い野山には緑があふれていた。
まず行ったのが、市の郊外にある「遠野ふるさと村」である。
古くからの民家を集めた民家園で、田畑も配して、
その中を遊歩道で散策できるようになっている。
それぞれの民家の軒先では、ボランティアの老人が
昔ながらの手仕事をしながら、いろいろ語ってくれる。
おじいさんには、シャイな人が多かったが、
おばあさん達は、どなたも愛想が良かった。

順々に民家を廻っていて、次の民家に入ろうとすると、
遠野12 「すみません、テレビの撮影をやっているんで…」と
止められた。よくみると、玄関の前に出した障子に、
赤い色のスプレーを吹き付けている人がいる。
どうも殺人事件のロケのようである。
そういえば、入場料を払う時、横に、
「骨董屋・冴子のミステリー番組撮影中」
という立て看板があったのだ。
あきらめて、次の民家に向かって歩き始めたら、
背後で、「ギャー!」という声が響き渡った。
今、殺されたらしい。

「ふるさと村」を後にして、遠野市街に入る。
落ち着いた静かな街並みで、通りのあちこちや
家々に花が多く、歩いていて飽きない。
一反木綿が空を飛んでいたり、子泣きじじいが
電柱の陰に隠れている様子もない。
散歩するに楽しい、美しい田舎町である。
ただ、駅前には、河童のモニュメントが多い。
河童の里としても有名なのである。
郊外に、河童が住んでいたという清流があり、
観光名所になっている。

そこに行くと、いつも川沿いの石に
「昔、河童を見た」という老人が、さりげなく座っており、
「ほんとですか?」と聞くと、
「もちろんさ」と、その時のことを語ってくれるという。
最近では、河童の姿をビデオに撮ろうということで、
市が、木の上に、監視カメラを設置したという。
なかなかジョークの利いた町である。

遠野11 河童伝説というのは、日本全国にあり、元々は
中国にいたのが、九州は熊本の八代辺りに
渡って来たのが最初だという。しかし、あまりに
悪さをするので、加藤清正の頃に一斉に退治した。
その結果、どんどん東へ北へと移り住んだと言われている。
それが、遠野まで来たのだろう。
夏の遠野の緑の豊かさと、清流の流れには
さぞや、河童たちも天国と感じたに違いないが、
冬にはどうしていたのだろうか?
頭の皿の水も凍ってしょうがなかったろうに…。
遠野は内陸の豪雪地帯であるし。

(遠野には、菊池という姓がやたらと多く、広場で「菊池さあん!」
 と叫ぶと、大勢の人が振り返るという。遠野高校が甲子園に
 出場した時には、メンバー9人のうち8人が菊池君だったという。
 ところが、その菊池姓の発祥はというと、 肥後・熊本である。
 菊池郡という地名もあり、その菊池一族の多くが、古い時代に
 奥州まで移住したという。それを考えると、
 河童伝説は、菊池一族と共に、伝わったのではなかろうか?)
 


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