石の2 横須賀の三笠

yokosuka1 熱海の次は横浜にホテルを予約して国道1号線を走った。
なるべく海沿いの景色を楽しみたい。小田原市を抜けて、
いよいよ湘南の海沿いである。
鎌倉や江の島、茅ヶ崎などは東京時代に夫婦で何回も
遊びに来たのだが、いつも小田急と江ノ電で来ていて、
車で走るのは初めてであり、何か特別な感じがする。
なにしろ、石原慎太郎と裕次郎から始まって加山雄三、
サザンの桑田佳祐に至るまで、海の男が娘達と恋をして
遊んでいたオシャレな場所である。なんだかワクワクする。
そこに近づくと松の並木が道路に延々と続き、やがて江の島
が見えて来た♪するとまあ、10月にもかかわらず水着のサー
ファーが多いのである。サーファーショップが軒を並べ、夏の
恰好の男女が信号を渡っている。ここは別世界だと思った。
車も渋滞していた。

鎌倉まで来て、横須賀に向かうにはしばらく内陸に入る。
茅ヶ崎といえばおしゃれなマリーナの印象が強いが、実際は
内陸の狭い町内がメインであり、そこから横須賀に行く道も、
細くて入り組んだ道とトンネルが多く、しかも坂道だらけである。
横須賀市というのは人口38万人のそれなりの中堅都市であり、
港の水深が深かったので、大日本帝国海軍基地になり、戦後は
駐留軍が海軍基地を置いたので、米兵の恋人つまりパイパン
になる女性がたくさんいて、あまり風俗の良い町ではなかった。
戦後に多くの国民が飢えている中で、米兵に媚びを売り、性を
売って金を得ていた女達がいたのである。宇崎竜童の
「港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ」という曲にも、そういう港町の
はすっぱな雰囲気があらわれている。

ここ横須賀で、ぼくが見たかったのは日露戦争の日本海海戦で
奇跡的な大勝利を治めた帝国海軍の旗艦・三笠である。それが
横須賀港の沿岸にそのままの姿で資料館として存在している。
そして、戦艦・三笠を初めて見た人のほとんどが、その小ささに
驚くという。なにしろ戦艦といっても今の貨物船くらいの大きさで
ある。その胴体に砲台を並べて打ち合って、ロシア艦隊を撃滅し
た。もちろん三笠もイギリスに注文して、あちらで建造された軍艦
なので、ロシア艦隊でも同じくらいの大きさの軍艦であり、いわば
同格の艦船で戦い合ったのである。その結果、日本が一方的な
yokosuka2 大勝利を治めたのは、ほとんど奇跡だった。
三笠の艦橋には、東郷平八郎元帥と、参謀の秋山真之が立って
いた位置がマークされていて、誰でもそこに立つことができる。
ぼくはそこに立ち、想像をたくましくして感動した。

入場料は600円だが、けっこうアジア人の若い観光客も多かった。
日本海海戦は、アジアの東洋の小国が、文明の進んだ白人の大国
であるロシアを破ったということで、ロシアから迫害されていた東欧の
国やトルコなどはもちろん、有色人種のインドやアジア各国の全てに
勇気と希望を与え、今でも称賛されており、それが世界史に画期的な
影響を与えたわけだが、中国と韓国だけは日本に恨みを持っている
ので、三笠観光には来ないと思っていたが、なぜだか中韓の言葉を
話す若者の観光客のグループがけっこういて、楽しそうにしている。
遺恨なく楽しんでいてくれれば全く問題はないのである。
ぼくらはその後、横須賀から横浜へと車を走らせた。
(2020年10月)

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