石の2 湯布院のこと


ゆふいん1 NHKの「プロジェクトX」で取り上げられた温泉地といえば、
唯一、湯布院だけである。何がプロジェクトXかというと、
湯布院温泉は、草津や有馬や道後のように、古い歴史を
持つわけでもなく、さらに、同じ大分でも別府が、
やはり古くから、日本屈指の温泉街として栄えていたの
とは対照的に、戦後すぐには、農業とわずかな温泉のある
寂しい盆地に過ぎず、しかも、ダム湖の下に消える運命に
あったのである。

ところが、湯布院の若手旅館主らが結束して立ち上がり、
ダム建設計画を撤回させることに成功すると、
新しい形の温泉を作ろうと、ドイツの温泉地・バーデンにまで
視察に行った。というのは、ヨーロッパの温泉地は、
日本とはずいぶん様子が違うという情報を得ていたからだ。
そして、現地に行ってみて、驚いた。
住民は、自分達の幸せの延長を観光にしていたのだ。
旅館主達は、これだ!と思った。
別府とは全く逆の発想の温泉地を作ろうと思いつく。
その理想は、団体がドンチャン騒ぎをしている別府とは違い、
個々人が静かに過ごせる温泉地というものだった。

ゆふいん2 そのために、まず、仲間から湯布院市長を当選させ、
厳しい条例を作って、大手ホテルの進出を拒否し、
歓楽街は作らせないようにし、のどかな田園風景を守り、
個人美術館や、芸術家が住みたいような環境を作り、
湯布院映画祭を誘致するなど、思うままにやった。
それが大成功して、今の湯布院になったのだ。

湯布院温泉で、最も人気のある旅館として有名な、
「玉の湯」「亀の井別荘」はいずれも、部屋が離れの平屋であり、
豪華な大旅館の趣はなく、宴会場もない。
値段は宿泊が、3万円とも4万円とも高いらしいが、
それでも、憧れて来る客が引きも切らない。
ぼくの長崎の母も、その憧れでお友達と誘い合って
泊まったらしいが、「よかったよお」と感激していた。

ぼくらも湯布院は大好きで、阿蘇近辺にキャンプをすると、
必ず立ち寄って散策したり、安い温泉に入ったりした。
ネオン街もなく、ほんとにゆったりできる自然郷である。
阿蘇キャンプでの立ち寄り湯というと、黒川温泉もよく行った。
狭い道沿いにある、ほんとに小さな温泉郷で、
雑貨屋が一軒、肉屋が一軒程度の、田舎温泉である。
ぼくらが行っていた頃は、昼の露天風呂など誰もおらず、
ゆふいん3 夫婦で貸し切り状態だった。
それが、どういうわけか今や、全国的に有名になり、
全国から女性客が押し寄せて、予約もままならないという。
ウソみたいな話である。

時代は変わるというのは、本当だなと思う。
スケベ親父が好き勝手に振舞っていた社員旅行や団体旅行は
若い社員から、いい加減、嫌われていたし、旅行も昔のように
旅費を積み立てて行くという時代でもなくなっていた。
だから、熱海も衰退したのである。
そこに、個人所得も増えたところで、JRの「いい日旅立ち」という
キャンペーンも始まり、若い女性が気の合う少数だけで、
日本全国を駆け巡り始めていた。そこに現れたのが、
歓楽街を廃した湯布院温泉であり、ついでに見つけた穴場が、
黒川温泉だったというわけである。

ただ、最近は湯布院も、行く度に観光客が増えていて、
昔の軽井沢銀座のようになりつつあり、これでいいのかいな?
と少し心配になっている。でも相変わらず、町の通りから
眺める由布岳の山容は、なんといっても、素晴らしいのである。
(2011年10月30日)


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