事件に遭遇する
普通の平凡な家庭では、身内が新聞の一面に載るような
重大事件に関わるようなことは、めったにないと思う。
我が家もそのはずだったが、ぼくの学生時代、
長崎の実家で、一回だけ、ぼくの妹が新聞の一面に、
フルネームで出たことがある。長崎バスジャック事件である。
とは言っても、最近の高速バスの事件ではなく、
1977年の事件である。平戸発、長崎行きの特急バスが
散弾銃を持った中年男二人組にバスジャックされ、
23人の乗客を人質に、長崎駅近くの、八千代町の
ガソリンスタンドに乗り入れたという事件だ。
ガソリンスタンドでは、乗客を乗せたままの特急バス
が乗り入れて来たことに、おかしいとは思いつつ、
一応、お客さんである。女性従業員が走り寄り、
「いらっしゃいませえ!」とにこやかに対応した。
すると突然、前方横の窓から、散弾銃の銃口がヌッと、
彼女の目の前に突きつけられた。「店長を呼んで来い!」
彼女は、あたふたとスタンドの事務所に飛んでいった。
それが、ぼくの妹である。当時、まだ独身。
結局、警察に取り囲まれたバスは、人質をそのままに、
深夜になって、長崎県警が強行突破を行い、
刑事達の短銃の一斉射撃により、犯人は射殺された。
妹が暮らしていた長崎の実家は、そのガソリンスタンドから、
歩いても2,3分の距離である。
翌日、電話でおばあちゃんから聞いたのだが、
「夜中にねえ、パンパンパンパンて鳴ったとよ」
そして、長崎新聞の朝刊に、わが妹のフルネームが
第一遭遇者として、年齢入りで載ったのである。
ただ、全国大手誌では、名前までは出なかった。
ぼくは、東京にいて、いちいち調べたのである。
身内の名前が載ったというのは、それきりだが、
重大事件が近くで起こったというのは、その後もあった。
ぼくが脱サラして、夫婦で福岡にいた頃だ。
1994年に、「福岡美容師バラバラ殺人事件」が起き、
ワイドショーが連日、騒ぎまくったことがあるが、
殺された若い女性美容師が一人で住んでいたマンションが、
たまたま、ぼくらのマンションの隣だった。
時折、窓を開けて、洗濯物を干している女性がいて、
顔までは覚えていないが、事件後、へええ、あの彼女が
バラバラに、と思うと、どうもやるせなかった。
まだ犯人が特定されていない頃、そのマンションの前に、
全国版のテレビで良く見るワイドショーのリポーターが現れ
マンションの前で、リハーサルをやっているのを、よく見かけた。
喉の調整をしながら、何度も下読みをやっている。
目の前を通ったのだが、こちらには目もくれないで、必死で
ブツブツとリポートするべき内容を繰り返していた。
けっこう、大変な仕事らしいと思った。
その件に関しては一応、刑事も我が家にやって来た。
被害者の写真を見せて「この人に関してなんですが」
もう、こっちはニュースでさんざん見せられている写真である。
「ああ」と苦笑するしかない。
まあ、刑事としては、そういう相手の微妙な反応で、
何かを感じ取ることもあるらしい。
「最近、この辺で、不審者を見たことはないですか?」と聞く。
「うーん、いちいち、人の顔は見てないし…」と答えると、
「そうですよねえ」とあっさり帰っていった。
それにしても、その刑事というのが、
漫才のB&Bの太っちょの方に似てて、少しコケた。
刑事といえば、高倉健みたいなのをイメージしていたのだ。
まあ、こちらの勝手な思い込みだけど。
その後、2003年には、法事で長崎に帰った時、
格安パックで、長崎グランドホテルに2泊して、
母や妹達と同じ部屋に泊まり、飲んでしゃべって
愉快な夜を過ごしたのだが、そのホテルの窓外に
見えていたのが、ある駐車場タワーである。
その場所で一ヵ月後、14歳の子が、6歳の子を
突き落として死なせるという事件が起きた。
ワイドショーが連日報道し、その場所の映像が
毎日のようにテレビ画面で映された。
一ヵ月後といえば、ぼくらは20代の頃、夫婦で
初めて中国旅行に行った時、広州から昆明まで
オンボロの飛行機に乗った。ところが、その飛行機が
一ヵ月後に、山にぶつかって全員死亡するという事故が起きた。
また、同じ頃、秋田の男鹿半島の水族館に行った
ことがあるが、そこも一ヵ月後、津波に襲われて、
駐車場にいた外人夫婦を含め、十数名が死亡している。
うーむ、ぼくらは死神か!。
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