安井かずみと加藤和彦と、吉田拓郎
「安井かずみがいた時代」という本が、とてもおもしろい。
安井かずみというのは、1939年生まれで、1960年から1980年に
かけて、大ヒット曲を次々に書いた作詞家である。裕福な家庭で育ち
フェリス女学院を出て、しょっちゅう海外旅行をして、英語もフランス語も
ペラペラで、六本木のイタリアン・レストラン「キャンティー」の常連で、
女優の加賀まりこや、ファッションデザイナーのコシノ・ジュンコらと
遊びまくり、セレブで美女で、ファッションセンスも抜群で、日本中の
若い女性達の憧れの的だった女性である。
彼女は20代から次々に恋人を変え、奔放な恋をしていたが、38歳で、
8歳年下のミュージシャンである、元フォーク・クルセダーズの加藤和彦
と結婚。17年間の結婚生活のスタイルも、ファッション雑誌やテレビで
「ゴージャスで華麗な理想の夫婦」と若い女性達から憧れられた。
この本は、安井かずみと親しかった人々にインタビューをしてまとめた本
で、日本が高度経済成長期からバブル時代へと進む、日本が一番幸せ
だった頃の、芸能音楽界で一番はじけていた人々を安井かずみを中心
に描いているのだが、ぼくがその中で、一番興味を持ったのは、加藤和彦
と吉田拓郎に関する話である。
吉田拓郎と加藤和彦は同じ歳だが、拓郎にとって安井かずみは、ずっと
お姐さんなので、拓郎は弟のようなものだった。初めて安井と会ったのは、
かまやつ・ひろしに「おもしろいパーティーがあるから行こうよ」と誘われて、
安井のアパートに行った時のこと。アパートと言っても、プール付きの豪邸
で、芸術家やカメラマン、芸能人などがファッションモデル達とゴロゴロして
おり、てんでにお酒を飲んでおしゃべりしていて、夜になると、ファッションモ
デル達が全裸になってプールに飛び込んで遊ぶ。拓郎はぶっとんだという。
「オレが本当に行きたかったのは、こういう世界なんだ!」と思ったという。
拓郎は広島から出て来て、反体制のフォークシンガーの仲間に引き入れ
られてしまったが、本当はテレビに出るメジャーな世界の歌手になりたか
ったんだと回想している。
加藤和彦とはその前から知り合いで、拓郎が「結婚しようよ」という曲を加藤
にアレンジしてもらったら、地味な歌がものすごく華麗な曲になっていて、その
音楽的才能に驚いたと言う。それが大ヒットして、拓郎もメジャーになり、
その後、加藤和彦は多くの人から、そのアレンジ能力を尊敬され、いわば
音楽界の大御所になっていたが、この本では、拓郎からみた加藤の人間性
についての印象が、世間の人々との印象とはあまりにも違うことがおもしろい。
拓郎によると、加藤和彦というのは全くダメな男だという。雑誌では、ヨーロ
ピアナイズされた粋な男のように書かれているけど、彼に言わせると、むしろ
鈍臭くて、女からみて魅力を感じるような男ではなかったという。自分よりも
先を歩いてくれる女についていくしかないような男であり、そういうダメな加藤
が安井を選ぶのはわかるが、歴戦の兵(つわもの)のような彼女が、なんで
加藤のような頼りのない男を選んだのかさっぱりわからなかったという。安井
の友人にも結婚に反対する者が多かった。
しかし結婚生活は、セレブでわがままな安井に、加藤が何でも従うような形で
進んだと言う。その中で加藤も、セレブに教育されていった。夕食は常に二人
で取り、それも必ず正装に着替えて食事したという。それが17年間、雑誌や
テレビでは常に、最も先端的で、ファッショナブルな芸術家夫婦として紹介
されていたのだ。しかし、安井かずみは1994年、55歳の若さで突然、
肺ガンで死去する。加藤はもぬけの殻になったという。
ところが、それから安井の一周忌も済まないうちに加藤は、世界的に活躍
していたオペラ歌手の中丸三千恵と結婚して、友人達を驚かす。加藤は
中丸と結婚すると同時に、安井の家具から服から写真まで一切ゴミに
出してしまい、今度は中丸三千恵に尽くしまくるのであった。安井の友人の
多くは怒ったし、そのために加藤は安井の友人達とはほとんど付き合わなく
なるのである。しかも、中丸とは5年で離婚する。加藤はフォーマルな服装
からジーパンに戻り、一人でラーメンも食べるようになっていた。
そして拓郎に言わせれば、加藤和彦というのは、ものすごい音楽的な才能
を持っていたが、音に関して凝りに凝っていて、この曲のギターはこれで
なければだめ、録音はニューヨークでなければダメと、いわば今でいう
オタクだったというのだ。そのために、万人受けするメロディーを作れずに、
ヒット曲に恵まれなかった。そして、どうしてみんなオレの曲がわからないん
だと悩んでいたという。そして、安井の死から15年後、加藤は自殺する。
この本は、セレブで強気でわがままで才能ある美女でありながら、本当は
男に尽くしたい願望を持っていた女と、音楽的才能があって見映えもいい
けれど、そのくせオタク志向の、頼りない、女に従って生きるしかない男が、
人々に憧れながら生きていた話であり、あの当時を生きてきた人間に
とっては、あの頃のキラキラしていた時代を、懐かしく思い出させてくれる
本でもある。バブルまでの頃の話はとてもおもしろいことが多い。
……「安井かずみのいた時代」島崎今日子:2013年:集英社
(2016年9月)
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